
【2014年1月30日 日経】
【繰り返される民主化・人権要求と弾圧】
言うまでもなく、中国は事実上の共産党による一党支配体制であり、この“国体”を批判する、あるいは、疑念を抱かさせるような言動は許されません。
上記の表にあるように、これまで中国でも民主化を求める動きはいくつかありましたが、共産党指導部によって徹底的に封じ込まれてきました。
習近平政権は「新公民運動」と呼ばれる、共産党支配への批判は控え、憲法に保障された法治・憲政や人権擁護の実現を目指し、中国政府高官の資産公開や地方出身者に不利な教育制度是正を要求する“穏便”な活動も、従来政権以上に厳しく取り締まってきました。
****中国が恐れる普通の人々 「新公民運動」に厳罰 ****
「新公民運動」と呼ばれる社会活動を提唱していた許志永氏(40)に対し、中国北京市の裁判所は26日、公共秩序騒乱罪で懲役4年の判決を下した。
新公民運動といえば大がかりな政治活動を連想するが、社会問題に関心がある人々がレストランに集まって解決法を議論する集会だ。いわば食事会。共産党体制に害を及ぼすような活動には見えないが、当局は重罰で臨んだ。新公民運動は穏健なようでいて実は体制の急所を突いていたからだ。
新公民運動はデモや政治集会などで民主化や政治改革を訴える従来の政治運動とは異なる。
参加者は毎月1度、決められた土曜日の夜にレストランで食事をしながら、教育問題や汚職撲滅、食の安全、年金、医療など社会問題を話し合う。ネットや口コミを通じて趣旨に賛同した者が集まり、議論をするが、食事会が終われば三々五々と家路につく。
固定したメンバーもいなければ、明確なリーダーもいない。憲法が認める集会や言論の自由の範囲内で活動し、社会に改善を呼びかけていく運動だ。
この運動を新公民運動と名付けたのが許氏だった。許氏も全国の活動を主導するリーダーではない。現行法の範囲内で社会改革を訴える形式はこれまでの民主化運動の失敗を踏まえた上でのことだ。
ノーベル平和賞を受賞した民主活動家の劉暁波氏は「08憲章」と呼ばれる文書で共産党の一党独裁を否定し、民主化を訴えた。当局は当然のように劉氏を共産党体制の転覆を謀る罪で逮捕し、運動を取り締まった。その点、新公民運動は共産党体制そのものには反対しておらず、当局の取り締まりの対象にはならないはずだった。
それなのに当局はなぜ許氏ら新公民運動の参加者を次々に拘束、逮捕しているのか。(中略)
実は、高官の財産の公開を求めてきたのが新公民運動のメンバーだった。許志永氏の裁判があった日に、裁判所近くに支持者が集まったが、その横断幕にも「公民は官僚の財産の公開を求める」とスローガンが記されていた。
財産公開が一般化し、指導部の家族の財産まで明らかになれば、ただでさえ揺らいでいる共産党への信頼は完全に失墜しかねない。絶対に明らかにできない「秘密」に属する。許氏らの運動が穏健であるとはいえ、当局の立場では見過ごせない内容だった。
もう一つ、当局が新公民運動を恐れる理由がある。この運動の参加者は過激な手段で社会改革を求めている「プロの活動家」ではない点だ。ちょっとだけ社会問題への関心が高い普通の人々のようだ。
過激な活動家の意見へは表だって賛同できない普通の人々も、同じ普通の人々が進める新公民運動の主張ならシンパシーを持ちやすい。新公民運動の主張には普通の人々が賛同しやすく、そこで議論された事柄がネットなどを通じて広く社会に拡散しやすい。
しかも、明確なリーダーがいないため、リーダーとおぼしき人物を拘束したところで、運動を収束できるわけではない。エジプトやチュニジアで起きた反体制運動の「アラブの春」も同じ構図だった。
当局がリーダーとにらんだ人物をどれだけ拘束しても、ネットでつながった有志が次から次に現れ、運動をつないでいった。結局、最後は政権が倒れることになる。明確なリーダーのいない普通の民衆が参加する運動は当局としても摘発の対象を絞りにくく、運動を収束させにくい。
中国共産党はこうした事態を恐れているため早めに手を打ったのかもしれない。だから司法当局が食事会程度の活動の中心者に懲役4年という重罰を下したのだろう。
許氏の弁護人を務める張慶方弁護士は「こんな平和的な人を罪に問うなら、次はもっと過激な人が出てくるだろう」と話す。うがった見方かもしれないが、共産党政権にとってはその方がかえって好都合なのかもしれない。【2014年1月30日 日経】
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【「暗黒の週末」】
今また、当局が各地の人権派弁護士らを一斉に摘発・連行する弾圧が表面化しています。
7月10日の金曜日に多くが連行・拘束されたことから「暗黒の週末」「暗黒の金曜日」とも呼ばれています。
****【中国・弁護士一斉拘束】人権活動家「暗黒の週末だ」 拘束者の大半は治安当局の人権侵害を担当****
中国の人権派弁護士らが7月9日以降、治安当局に相次ぎ拘束されている問題で、14日夕方までに連行または一時拘束された人は約150人に達したことが北京の弁護士事務所関係者の調べで明らかになった。
拘束者の大半は、陳情者や農民工などの支援を中心に活動する弁護士で、インターネットなどを通じて治安当局者による人権侵害事件の詳細を暴露し、積極的に発信してきたことが共通の特徴だ。
中国当局は今回の大規模弾圧で弁護士らによる当局への批判をやめさせようしているとみられる。
北京の人権活動家らは今回の弁護士弾圧事件を「暗黒の週末」と呼んでいる。
遼寧省の刑務所に投獄されているノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏らの民主化活動家と違い、今回拘束された弁護士たちは共産党の一党独裁体制に反対するなどの政治的主張はしていない。
彼らは自らが担当する事件で被害者の利益を守ろうとして、法律を武器に政府の手法を批判したことが政府の逆鱗に触れ、「社会秩序をかき乱す罪を犯した」(国営新華社通信)と断罪されたようだ。
中国の官製メディアが挙げた弁護士らの「罪状」の1つは、5月初めに黒竜江省の駅待合室で起きた、40代の男性が警察官に射殺された事件に関連している。
中国当局は事件直後、警官の行為は「正当防衛」と発表し、逆にこの警官を表彰した。しかし、男性の遺族の依頼を受けた弁護士は、政府の発表には「不自然な点が多い」と主張。法律に基づいて事件の再調査を求める公開書簡を発表し、2週間で約400人の弁護士の署名を集めた。
今回拘束された弁護士の多くは、この署名活動に参加していたという。個別の事件で全国の弁護士が連携して市民の間で影響力を拡大し、政府の威信が傷つけられることを中国当局が警戒しているようだ。
中国共産党機関紙、人民日報傘下の環球時報は、拘束された弁護士らについて「中国の政治制度を根本的に認めていない人物もいる」と非難し、一部の拘束者は「国家安全法」や「国家転覆罪」などの重罪に問われる可能性を示唆した。【7月14日 産経】
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【『人治』 『指導者の看法(見方)』による統治】
今回の一斉拘束では、人権問題に積極的に取り組む「北京鋒鋭弁護士事務所」が摘発され、同事務所の著名女性人権派弁護士の王宇氏らが刑事拘束されました。
“当局は、人権侵害事件の弁護を引き受け陳情者ら社会的弱者の支持を集めた王氏らの拘束を契機に、人権派が団結する事態を強く警戒している。”【7月14日 時事】
王宇氏らは、「死※(※=石ヘンに盍)派」(死んでも諦めない)弁護士と呼ばれているそうです。
****「大きな市民の権利守る」拘束された女性人権派弁護士=法治のため権力と闘う―中国****
中国公安当局が全国で人権派弁護士ら130人以上を連行・拘束した事件で、刑事拘束処分を受けた著名女性人権派弁護士の王宇さんはこれまでの時事通信の取材に対し、「最近、弁護士に対する圧力はどんどん強くなっているが、われわれ公民(市民)には大きな権利がある。その権利を守らなければならない」と訴えていた。
その上で「中国が『法治国家』なんて偽りや笑い話になっている。司法の環境を変えなければ法治の実現は不可能だ」と述べ、権力の横暴と闘う姿勢を示していた。
◇中国の司法は「暗黒」
(中略)中国の憲法では言論やデモの自由、選挙権、国家機関への批判・提案の権利などが認められている。
王さんは「多くの中国人は『政府の言うことは正しい』と考える『臣民』になっている。『公民意識』や『権利意識』に乏しく、国家の公民として権利を有していることを自分で意識していない」として人権派弁護士の存在の重要性を力説する。
◇経済減速で政権に危機感
王さんは最近、拘束中に病死した女性人権活動家・曹順利さんや、強制立ち退きで暴力を振るった当局者への傷害罪に問われた范木根氏、セクハラ防止を訴えようとして拘束された女性活動家らの弁護人を務めた。
王さんらは「死※(※=石ヘンに盍)派」(死んでも諦めない)弁護士と呼ばれる。人権侵害事件が発生すれば現場に飛び、当局の対応を批判した横断幕を掲げた上で、抗議の様子を写真に撮ってネットで流すことで内外世論の関心を高めようとした。
公安当局は、こうした憲法に基づく人権派の行動を「社会秩序を混乱させる」と摘発した。
習近平政権は、法律の専門知識を持ち、公権力と闘う人権派弁護士が団結し、政府に不満を強める陳情者ら社会的弱者と結びつく事態を警戒。特に経済の減速下で民衆の不満が高まり、抗議が拡大することへの危機感が強く、過去最大規模の人権派弾圧につながったとみられる。
王さんは14年後半以降、容疑者・被告との接見や事件記録の閲覧などで、弁護士への権利剥奪が深刻化したと感じている。
昨年3月には、市民を違法に監禁する「黒監獄」と呼ばれる闇施設を告発するために黒竜江省の現地を訪れた人権派弁護士4人が拘束され、拷問を受けた。王さんは4人を積極的に支援した。
「中国はやはり『人治』で、公権力が『法治』より強い。『法治』の有名無実化が一段と進んでいる」。王さんは語った。【7月14日 時事】
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『人治』とは、別の言い方をすれば、『指導者の看法(見方)』による統治です。
領土や海洋権益の防衛に加え、宇宙やサイバー空間など幅広い分野を安全保障上のリスクとして想定し、国家の安全や利益を守るとする「国家安全法」が施行され、共産党指導部による統制・弾圧は更に強化される流れにあります。
****「民間の力消滅が狙い」=拠点・資金、ネット空間一掃―一時拘束の中国人権派弁護士****
中国で人権派弁護士らが一斉に連行された事件で、一時拘束された著名弁護士の江天勇氏は北京市内で時事通信のインタビューに応じ、「2009年ごろから続く長期的な民間抑圧であり、公安当局は民間の力を消滅させようとしている」と述べ、弾圧がさらに深刻化するとの見方を示した。
人権問題に取り組む「北京鋒鋭弁護士事務所」の摘発だけではなく、同事務所を含めた人権派をつなぐ「拠点」や「(弁護士ら)人物」のほか、「資金」「ネット空間」の一掃が目的だと解説した。(中略)
11年2月に「アラブの春」を受けて中国でも民主化要求が高まった「茉莉花(ジャスミン)革命」騒動の際も拘束されて拷問を受けたが、「今回は当時よりずっと深刻だ」と語る。(中略)
江氏は「当局は拠点、重要人物を摘発したほか、海外からの資金を断ち切り、通話アプリ『テレグラム』など、弁護士と弁護士、弁護士と市民をつなぐネットを規制している」と解説する。
また江氏は、習近平政権が始まった12年以降の「変化」をこう語る。
「(共産党にとって)最も重要な法は、憲法でも刑法・民法でもなく、『指導者の看法(見方)』だ。習近平国家主席の見方が、全国人民代表大会(国会)を通じて『法律』に変わるようになった。『依法治国』(法に基づき国を治める)を掲げるが、実際は彼の見方に基づき国を治めている」
一斉連行前の7月1日には「国家分裂、政権転覆扇動、海外勢力浸透などに対する懲罰」を定めた国家安全法が施行された。指導部は「海外NGO管理法」も制定する計画だ。「11年の拘束の際には当局もこそこそしていたが、今では『法律』に基づき公然と捕まえている」と、江氏は危機感を強めた。【7月15日 時事】
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【人権擁護に取り組む弁護士全体への圧力 広がる関係者委縮】
今回の一斉摘発は、今の指導部の下で弁護士に許される範囲はどこまでなのか読めない状況を生み出し、関係者を委縮させています。
****拘留弁護士側に圧力 中国当局「倫理に反した」****
中国公安省が各地の人権派弁護士らを一斉に摘発・連行している問題で、政府は刑事拘留した北京の弁護士事務所関係者への「ネガティブキャンペーン」を強めている。
中国で弁護士の活動はどこまで許されるのか。読みにくい線引きが、関係者を萎縮させている。
香港のNPO「中国人権弁護士関注組」によると、15日正午までに連行された人は、事情聴取などの一時拘束を含め183人(刑事拘留8人、自宅軟禁3人、消息不明16人、一時的な事情聴取など156人)に上った。
中国メディアは同日、弁護士を監督する司法省担当部局幹部のコメントを一斉に報道。幹部は、刑事拘留した北京鋒鋭弁護士事務所の弁護士らについて「彼らの行為は弁護士の職務範囲を超え、職業倫理に反していた」と断じ、今回の公安当局の処置を「断固支持する」などとした。
北京鋒鋭弁護士事務所は3年ほど前から、政治的な圧力で事務所を追われた人権派弁護士らを雇い入れたり、資金難の弁護士らを支援する基金を立ち上げたりして注目を集めた。
発信力の強い人気ブロガーをスタッフとして招き入れるなど、法廷の外でも積極的な取り組みを展開していた点でも特徴があったという。
同事務所の弾圧がほかの弁護士に与える心理的影響は大きい。人権派弁護士の一人は「人権擁護に取り組む弁護士全体への圧力だ。今の指導部の下で弁護士に許される範囲はどこまでなのか、見極めるまで慎重にならざるを得ない」と話す。【7月16日 朝日】
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一方、9月には習近平主席の訪米が予定されていますが、米ホワイトハウスが開設しているウェブサイトには、訪米取り消しを求める嘆願も登場しているそうです。
****中国人権派拘束、200人超に=習氏訪米取り消し求める声も****
中国で人権派弁護士などが一斉に拘束された事件で、16日までに公安当局に連行・拘束された弁護士や活動家らは、一時的なものを含め204人に達した。人権活動家の集計などで判明した。
米ホワイトハウスが人々の声を聞くために開設しているウェブサイトには、中国での人権派への大規模弾圧を受け、9月に予定される習近平国家主席の訪米の取り消しを米側に求める「嘆願」が登場。16日午後(日本時間)までに2000人以上が署名した。
嘆願では、オバマ大統領と米政府に対し「深刻な人権侵害事件を調査し、人道主義に基づき強力な措置を講じる」よう要求。習主席の訪米取り消しのほか、「問題解決まで中国側との政府間交流を一時停止すべきだ」と訴えている。
一方、中国国営新華社通信などは「司法行政部門や弁護士界、専門家は、違法犯罪に関わった極めて少数の弁護士を法に基づき調査・処罰することを断固支持する」とする宣伝を展開している。
今回の事態では、一時拘束されるなどした人権派弁護士らが反発。米国務省が「全員の解放」を求め、日本政府も「憂慮」を表明する中、中国当局としては司法界の動揺を抑えるため、国内向けに「一部の弁護士の問題」だと強調するキャンペーンを繰り広げている。【7月16日 時事】
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繰り返される民主化要求や人権・法治の要求とその弾圧は、共産党一党支配の宿命でもありますが、その支配体制の正当性に関する脆弱さを反映するものでもあります。
中国は常々、国際社会に「大国」としてのふさわしい扱いを求めていますが、こうした弾圧が続く限り、その凶暴さが恐れられることはあっても、あるいは、その経済力に媚びられることはあっても、「大国」として敬意を払われることはないでしょう。