
(8月31日、ウクライナの首都キエフにある最高会議(国会)前で、警官隊と衝突する改憲反対派 【8月31日 時事】)
【8月中旬に戦闘激化したものの「新学期停戦」順守へ】
久しぶりにウクライナの情勢。
“久しぶり”ということは、ここしばらくは劇的な変化はなかった・・・ということでもありますが、平穏に停戦合意が遵守されていた・・・という訳でもありません。8月中旬には戦闘激化も報じられていました。
****<ウクライナ>独立記念日前に戦闘激化 ドネツク住民避難も****
ウクライナ東部で親ロシア派武装勢力とウクライナ政府軍の戦闘が今月中旬以降、激化している。
親露派によると、ドネツク州の州都ドネツクと近郊のゴルロフカで16日深夜、政府軍の攻撃で住民5人が死亡、14人が負傷した。また、同州南部のマリウポリ郊外でも同日夜、激しい戦闘があり、住宅50戸が破壊され、住民4人が死亡したという。
一方、ウクライナ政府側は16日から17日にかけて軍兵士2人が死亡、7人が負傷したことを明らかにし「住宅地を砲撃しているのは親露派側だ」と批判した。双方は非難合戦をエスカレートさせている。
ウクライナ東部では今年2月に停戦合意(ミンスク合意)が発効したが、その後も政府軍と親露派の戦闘が散発的に続いていた。
ところが今月中旬以降、戦闘が激しくなった。ロシアでは、今月24日のウクライナ独立記念日を前に、ポロシェンコ政権が攻撃を激化しているとの観測が強い。
ロシアのラブロフ外相は17日、「最近の状況を見ていると、(ウクライナ側が本格的な)軍事行動を準備しているとしか思えない。(親露派と政府軍の)双方が対峙(たいじ)する(停戦)ラインはすでに戦線になっている」と述べ、強い懸念を表明した。
ロシア国営テレビは18日、ウクライナ軍が東部で計70台以上の軍用車や自走砲5台を集結させていると報じた。ドネツクの親露派は戦闘が激化したため、住民2000人の避難を準備しており、最終的には1万2000人を避難させる考えだという。
ウクライナ軍側は「親露派の攻撃に応戦しているだけで、新たな攻撃作戦は計画していない」と否定した。
一方、ロシアのプーチン大統領とメドベージェフ首相は17日、昨年3月にロシアが自国領に編入したウクライナ南部クリミア半島を訪問した。
これに対し、ポロシェンコ大統領は「ウクライナ情勢を引き続き激化させようとするたくらみであり、文明社会への挑戦だ」と批判した。【8月19日 毎日】
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こうした情勢を受けて、8月24日、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領がベルリンでウクライナのポロシェンコ大統領と会談、26日には、ミンスクでウクライナ政府と親ロシアの和平協議が行われました。
更に、29日にはロシア・プーチン大統領とメルケル首相、オランド大統領の電話会談も行われました。
****独仏ロ首脳が電話会談=ウクライナ東部危機で2カ月ぶり****
ロシア大統領府によると、プーチン大統領は29日、ドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領と電話で会談し、ウクライナ東部危機について協議した。3者の電話会談は6月22日以来、約2カ月ぶり。
独政府によると、メルケル、オランド両氏はプーチン氏に対し「親ロシア派が強行の構えを見せる独自の地方選は、2月の停戦合意に沿わず、和平プロセスの脅威となる」と表明。
一方、プーチン氏は「ウクライナ軍の砲撃継続」に懸念を示した。
3者の電話会談は、ベルリンでの今月24日の独仏ウクライナ首脳会談、ベラルーシの首都ミンスクでの26、27両日の和平協議を踏まえて実施された。ウクライナと親ロ派は、9月1日から停戦を厳格化することで基本合意している。【8月30日 時事】
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こうした外交交渉もあってか、戦闘状況はしばし落ち着きを取り戻したようでもあります。
****「新学期停戦」順守を確認=ウクライナ東部****
ウクライナ政府と東部の親ロシア派は1日、テレビ電話を通じ和平協議を行い、この日から「停戦が順守されている」と確認した。インタファクス通信が伝えた。
双方は8月26日、ベラルーシの首都ミンスクの和平協議で、新学期が始まる9月1日から停戦を厳格化することで基本合意していた。
親ロ派幹部は「1日もウクライナ政府軍の停戦違反がある」と主張したが、情勢はおおむね沈静化したと認めた。次回の和平協議は8日にも開かれる見通し。【9月2日 時事】
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「新学期停戦」というのも不思議な感はありますが、停戦が厳格化されるなら結構なことでしょう。
【デフォルトはとりあえず回避】
一方、6月4日ブログ「ウクライナ 危機的な財政状況 重工業中心地である東部との分断、戦闘被害で改善が難しい経済状況」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150604)でも取り上げたことがあるように、ウクライナ財政は危機的な状況に陥っています。
もともと財政的には行き詰っていたウクライナですが、主要な産業地帯であった東部が戦場となり、戦闘継続のために莫大な費用を要している訳ですから、財政破綻も当然とも言えます。
いよいよデフォルト(債務不履行)も・・・という状況でしたが、こちらも“ひとます”危機は回避されたようです。
****ウクライナ政府 債務再編で合意 デフォルト懸念遠のく****
ウクライナ政府は27日、米ファンドなどで構成される債権者団との間で、約180億ドル(約2兆1千億円)の債務につき、元本の20%を削減する債務再編策で合意したと明らかにした。ロイター通信などが報じた。
東部での紛争が続き、巨額債務を抱えるウクライナはデフォルト(債務不履行)の危険性が高まっていたが、その懸念がひとまず遠のいた格好だ。債務再編は、国際通貨基金(IMF)が金融支援の条件として要請していた。
ただ30億ドル規模のウクライナ債を保有するロシアは「利子を含め全額返済を要求する」(シルアノフ財務相)としており、元本削減には応じない姿勢を示している。
ウクライナは現在、約1260億ドルの対外債務を抱えている。【8月28日 産経】
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ただ、東部の問題が解決したわけでもありませんから、“ウクライナ東部では政府軍と親ロシア派の戦闘が散発的に続いていて、軍事費の負担が増大する本格的な戦闘の再開も懸念されていることから、財政再建に向けた道は険しく、債務問題は当面、くすぶり続けることになりそうです。”【8月28日 NHK】
ウクライナ・ポロシェンコ大統領にとっては、経済面でみても、東部の状況の改善が必要とされています。
【東部への自治権付与で民族主義勢力が暴徒化】
停戦合意の厳格化、デフォルトの回避ということで、「やれやれ・・・」といったウクライナですが、ここにきて新たな政治問題が顕在化しています。
今年2月に成立した停戦合意に基づき、東部を実効支配する親ロシア派の自治拡大を含む憲法改正案を審議中だった議会前で、8月31日、民族主義勢力が暴徒化する混乱が生じています。
****ウクライナ首都で親露派自治権めぐり衝突、1人死亡 120人超負傷****
ウクライナ首都キエフで8月31日、国会議員らが親ロシア派武装勢力の支配地域に高度な自治権を付与する憲法改正案に賛成したことを受け、最高会議(議会)前で抗議を行っていた改憲案反対派の人々が治安当局と衝突し、治安部隊員1人が死亡、120人以上が負傷した。
改憲案の反対派は、東部の親露派により大きな権力を与えることは「反ウクライナ的」だと主張している。
国会議員らが第1読会で憲法改正案に賛成の方針を示すと、数百人のデモ隊が暴徒化し、警棒で武装した機動隊らと衝突。
議会の外では大きな爆発音が響き渡り、黒煙が立ち上った。治安当局は、デモ隊側が手投げ弾を使用したと主張している。
ウクライナ内務省によると、手投げ弾の破片が直撃した治安部隊員1人が死亡した他、125人が負傷。昨年初めに親露派のビクトル・ヤヌコビッチ前大統領を退任に追い込んだ大規模デモ以来、最悪の騒乱となった。
内務省は今回の事態について、民族主義を掲げる極右政党「自由(Svoboda)」に責任があるとして同党を非難。これまでに30人余りが身柄を拘束され、その中には手投げ弾を使用した疑いがもたれている同党の準軍組織のメンバーも含まれていたとしている。
アルセニー・ヤツェニュク首相は国民向けの演説で、「ロシアとその無法者らがわが国を破壊しようとしながら、前線ではそれを実現できずにいる中、親ウクライナを標榜する政治勢力が国内に第2の前線を敷こうとしている」と糾弾した。
これに対し同党は関与を否定。デモ隊に向かって最初に武力行使に出たのは当局の方だったと非難している。【9月1日 AFP】
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極右・民族主義勢力をめぐる混乱では、7月にも、ウクライナ西部ザカルパチア州でも衝突が起きています。
****<ウクライナ>極右と警官隊、銃撃戦 不安定化の恐れ****
ウクライナ西部ザカルパチア州で11日、国政に一定の影響力を持つ極右組織「右派セクター」のメンバーと警官隊との間で銃撃戦が発生し、右派セクター側の2人が死亡、市民1人も巻き添えで死亡した。
これに怒った右派セクターなど民族主義勢力は、アバコフ内相の辞任を要求。親ロシア派武装勢力と対立するポロシェンコ政権にとって、国内情勢のさらなる不安定化につながる恐れがある。
現地からの報道によると、事件はザカルパチア州ムカチェボで発生した。右派セクターのメンバー数人がスポーツ施設などで発砲し、駆けつけた警官隊と銃撃戦になった。
現場はスロバキア、ハンガリー、ルーマニアの国境からいずれも数十キロしか離れておらず、密輸組織同士の縄張り争いが絡んでいるとの見方も出ている。
右派セクター側は密輸ルートを封鎖したところ、地元ギャングと衝突したと説明、「警官はギャングの味方をした」と主張した。
これに呼応して各地の民族主義勢力が治安当局への抗議集会を開いた。ウクライナ東部で親露派勢力と対峙(たいじ)する右派セクターの戦闘員が、陣地を放棄したとの情報も流れている。【7月13日 毎日】
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ウクライナ西部ザカルパチア州は、“国内では、「最大の産業は密輸」と定説があるほど、タバコや酒類、麻薬や人身売買まで、ウクライナとEU間のあらゆる違法取引を扱っている”、かつ、“旧ソ連の特徴を色濃く残し、中央政府の意向が全く及ばない”“(旧ソ連時代に)KGBは重点活動拠点にした。後継組織のロシア連邦保安庁(FSB)は今でも強力なコネクションを持っている”【選択 8月号】かなり特異な地域のようです。
ロシアに親近感を持つ少数民族も暮らす地域で、ザカルパチア州の反政府犯罪組織と極右・民族主義勢力というウクライナの抱える“二つの爆弾”が衝突さく裂した7月の混乱も、ロシアとつながる犯罪組織が地元警察を操って、ポロシェンコ政権にダメージを与えるために引き起こした、あるいは“ロシアが、ポロシェンコ政権を揺さぶる目的で、『西部戦線』を作り出す可能性は高い”【同上】・・・との見方もあるようです。
【連立崩壊の可能性も】
話を極右・民族主義勢力にもどすと、今回の混乱に関して、“アワコフ内相は同日、民族主義を掲げる政党「自由」のチャフニボク党首を名指しして、「政治的立場を示すものではなく犯罪だ」と非難した。
ポロシェンコ大統領は衝突を引き起こした関係者の責任を問う方針を示しており、民族主義勢力と政権の対立が激化する恐れもある。”【9月1日 読売】とのことです。
***衝突の治安部隊死者3人に=ウクライナ連立、崩壊の恐れ****
ウクライナの首都キエフの最高会議(国会)前で、東部の親ロシア派への自治権付与に反対する民族派が暴徒化した事件で、内務省は1日、衝突による治安部隊の死者が3人、負傷者が130人以上に増えたと発表した。
暴徒化は、最高会議が8月31日、自治権付与に向けた憲法改正案を基本承認したのが発端。連立を組む5党のうち、ポロシェンコ大統領とヤツェニュク首相が率いる2党が賛成したが、残る民族派3党が反対した。
連立が崩壊する可能性がある。
民族派3党の一つ、急進党は1日、「連立からの離脱を決めた」と表明した。【9月2日 時事】
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連立崩壊で国内政治が揺らげば、落ち着き方東部の戦闘も、経済・財政問題も、再び悪化することは言うまでもありません。
「第2の前線」とか「西部戦線」とかが表面化すれば、東部では親ロシア派とロシアの攻勢が強まるでしょう。
当面の問題としては、停戦合意の条件となっている親ロシア派武装勢力の支配地域に高度な自治権を付与を可能とする憲法改正案の行方です。
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ポロシェンコ大統領は7月、欧米に促される形で改憲案を提出。来週にも第2読会が開かれ、最終可決を目指す。しかし、改憲には定数の3分の2に当たる賛成300が必要で、賛成数が今回と同水準(賛成:265)にとどまれば可決は困難な情勢だ。
自治権付与を含む改憲は、2月のウクライナと親ロ派の第2次停戦合意の柱。最高会議の同意を得られなければ、和平プロセスが頓挫する恐れがある。【8月31日 時事】
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“連立が崩壊する可能性”が取り沙汰される政治状況では、見通しは明るくありません。