
(汚職疑惑の渦中にあるナジブ首相 【7月8日 TBS Newsi】)
【「1MDB」問題で、首相口座に7億ドルの不正入金?】
マレーシアでのナジブ首相を巻き込んだ汚職スキャンダルについては、5月1日ブログ「マレーシアで進む宗教保守化と強権支配」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150501)で取り上げましたが、ナジブ首相の口座への不正入金という問題が表面化しています。
****マレーシア首相、7億ドル不正疑惑 口座凍結し捜査****
マレーシアのナジブ首相の個人口座に、同国政府系ファンドから約7億ドル(約860億円)が不正に入金された疑惑が浮上した。司法長官らで構成する特別チームは7日、この疑惑に関連して六つの銀行口座を凍結し、証拠書類を押収したことを明かした。
この問題は3日、米ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が捜査資料を入手したとして報じたのがきっかけ。それによると、ナジブ氏がトップを務める政府系ファンド「1MDB」から、総選挙直前の2013年に計6億8100万ドルがナジブ氏の個人口座に振り込まれていた。
1MDBは不動産などに投資するファンドで、09年にナジブ氏が創設。ただ、投資の失敗などで110億ドルの巨額債務を抱えているうえ、資金の一部が使途不明になっているとして、政府が設置した独立調査委員会が調べている。
WSJの報道に対し、ナジブ氏は「民主的に選ばれた首相を転覆させる政治的な妨害だ」などとして疑惑を否定。法的措置を取る可能性を示唆している。疑惑は金融市場にも影響を及ぼし、現地通貨リンギは6日、対米ドルで16年ぶりの安値水準まで下げた。【7月7日 朝日】
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前回ブログでも触れたように、「1MDB」(ワン・マレーシア・デベロップメント)はナジブ首相が代表を務める政府系投資会社で、「1MDB」に係る疑惑も巨額負債やマネーロンダリングなど多岐にわたっています。
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ナジブ首相が代表を務める政府系投資会社「1MDB(ワン・マレーシア・デべロップメント)」の1兆6500億円にも上るとされる巨額負債、更にこのIMDB絡みの資金が「国民の税金が資金運用や売買取引で不正取引に使われ、マネーロンダリングなど第三者への資金流出につながったのでは?」(RHB銀行関係者)という不正使用疑惑、ナジブ首相の義理の息子の関与などが問題となっています。
1MDBは、外国直接投資誘致を加速化し、持続した経済成長を図り、首都クアラルンプールを「イスラム金融のロンドン」にするという首相の野心的な目的の下に設立された政府100%出資の国有投資会社です。【5月1日ブログより再録】
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首相自身への資金還流が明らかになれば、政権にとっては致命的なスキャンダルともなりますが、警察・検察、更にメディアも政府寄りとされるお国柄ですので、今後どのように展開するかは不透明です。
事件を受けて、マレーシア通貨・リンギは6日、1990年代に東南アジアを襲ったアジア通貨危機の直後につけた水準まで下落しています。
【マハティール元首相との確執も】
なお、ナジブ首相は米紙主導の疑惑報道に関して、マハティール元首相が背後にいると非難しています。
****米国紙報道の背後にマハティール元首相がいると反駁するナジブ首相****
(3日に載せた)米国紙ウオールストリートジャーナルが、巨額負債問題を抱えた1つのマレーシア発展会社(1MDB)の資金の一部である US$7億が最終的に ナジブ首相の私的口座に入金されたと報道したことに対して、ナジブ首相は、マハティール元首相が外国人と結託しておりこの件の背後にあると反駁しました。
ナジブ首相は自身のフェイスブック上に、報道を否定しマハティール元首相を非難する一文を載せました。
「これはマハティール元首相による(私を)首相職からを追い落とすための一連の主張での、また一つのいいがかりである。」
「一番最近の非難では、私が私的目的に国家の基金から金を取ったと言っている。 私は、マハティール元首相が Sarawak Report ブログを含む外国人と結託してこういった嘘の背後にあると確信する、」
「この一連の攻撃は、私がマハティール元首相の個人的要求を実施することを拒んだときから始まった。なぜならマレーシアが代理者によって統治されることは正しくないと思うからです。」(後略)【7月4日 「Intraasiaの翻訳と解説でマレーシアのニュースを知る」http://www.big.or.jp/~aochan/news/sinbun.html】
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マハティール元首相は「1MDB」問題に関しこれまで、「財務状況が不透明。(ナジブ)首相には説明責任があり、公明正大に説明できなければ首相を辞任すべき」と発言するなど、ナジブ首相批判の急先鋒に立ってきました。
今回問題は、与党内部の熾烈な権力闘争の一面もあるようです。
与党UMNO(統一マレー国民組織)の主要幹部はナジブ首相支持ですから、これまでは「ナジブ氏が権力を維持するには批判を無視し続けるだけでいい」(東南アジア研究所(シンガポール)のオイ・キベン副所長)ということでしたが、不正入金が明らかになると、そういう訳にもいかなくなります。
【予想通り野党共闘崩壊】
一方、野党側は、2月12日ブログ「マレーシア 野党指導者アンワル元副首相の『有罪』確定で再構築を迫られる野党連合」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150212)でも紹介したように、共闘の要となってきたアンワル元副首相が“同性愛疑惑”という政治的策略を感じさせる手法で政治生命が断たれたことで、野党共闘は予想されたように崩壊しています。
****<マレーシア>アンワル氏収監で野党連合の分裂状態顕著に****
マレーシアの3野党による野党連合・人民連盟が事実上の分裂状態に陥っている。指導者のアンワル元副首相が同性愛行為の罪で収監されて連携の要を失うなか、内部対立に収拾がつかなくなった。
前回2013年の総選挙で与党に肉薄し政権交代を目指していた野党側は勢力の後退が懸念される。一方で与党側も党内のいざこざが明るみに出ており、政局は混沌(こんとん)としている。
野党連合は08年、人民正義党(PKR)のアンワル氏が全マレーシア・イスラム党(PAS)、民主行動党(DAP)に野党勢力の結集を呼びかけて発足した。1957年の独立以来続く長期政権の腐敗を訴え、前回選挙では得票率で与党連合・国民戦線を上回った。
しかし、アンワル氏は今年2月、元助手の男性に同性愛行為をした罪で収監され、政界復帰が困難に。野党連合は多様な意見をまとめ上げてきたカリスマ的指導者を失った。
こうしたなか、マレー系が主体のPASはイスラム刑法の導入を主張するなどイスラム色を強め、華人系のDAPが反発した。
DAP幹部は今月16日、「PASが野党連合を崩壊に導いた」と発言。アンワル氏の妻ワン・アジザPKR党首は「野党連合はもう機能していない」と分裂を認めた。
一方、与党側も「身内」同士の対立が表面化している。22年間の長期政権を率いたマハティール元首相が政府系ファンドの巨額債務問題などを巡りナジブ首相を批判。4月に退陣を求める声明を出し、波紋を広げた。
下院の勢力は、与党連合が地盤とする農村部に多くの議席が配分されていることもあり、与党連合134、野党連合87となっている。
野党連合の内訳は、DAP37、PKR29、PAS21。地元メディアは、野党連合の分裂や与党の弱体化を背景に、与野党の連合形態が再編される可能性もあると指摘している。【6月22日 毎日】
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もともとイスラム原理主義的なPASと左派系の華人系DAPの共闘には無理があるようにも思えましたので、この結果はやむを得ないものでしょう。
【TPP交渉で是正が要求されるマレー系優遇策「ブミプトラ(土地の子)」政策】
近年の与党の苦戦の背景には、マハティール元首相時代からナジブ政権に至るまで、これまでのマレーシア政権が行ってきたマレー系優遇策「ブミプトラ(土地の子)」政策への批判があります。
このマレー系優遇策には、国内野党勢力の批判だけでなく、TPPという対外関係でも見直し要求が出ています。
****TPP交渉、各国なお難題 公共事業の市場開放/新薬の保護延長・・・・****
環太平洋経済連携協定(TPP)交渉で、日米両政府は7月中の参加12カ国全体の合意を目指して動き始める。ただ、国内調整がつかず、難題を抱えたまま交渉に参加してきた国も少なくない。
経済成長の源泉を貿易拡大に求めてTPPへの参加を決めたマレーシア。しかし、交渉が最終局面に入る段階になっても、参加するかどうかをめぐって対立が続いている。
特に、公共事業や政府調達の分野で米国や日本がマレー系の企業への優遇策の見直しを求めていることに、国民の不安は解けていない。
「十分な国益を得られなければ、TPPからの撤退もいとわない」。ムスタパ貿易産業相は、合計100回を超える国内の利害関係者との会合で繰り返し、こう説明してきた。
マレーシアにとって譲れない一線が「ブミプトラ(土地の子)」政策だ。国民の約65%を占めるマレー系を優遇するもので、公共事業の工事請負契約や政府調達などでマレー系の企業に優先的に受注させてきた。
これに対し、米国や日本は公平な競争環境の整備を求め、マレー系の国有企業などに一定の規制を導入するよう主張している。
TPP交渉では、優遇策をどこまで「例外」として認めてもらえるかが、マレーシアにとっての大きな焦点だ。交渉で妥協したと映れば、与党はマレー系の支持基盤を失いかねない。(後略)【6月26日 朝日】
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国策としてきたマレー系優遇策「ブミプトラ(土地の子)」政策が揺らぐなかで、与党・野党ともに多難な局面を迎えているマレーシアです。