
(ウクライナ東部のスラビャンスクで、放置された親ロシア派のバリケード付近で配置に就くウクライナ特殊部隊(4月24日)【4月24日 AFP】)
【一触即発の状況】
ウクライナ東部において親ロシア派による行政施設占拠が続くなかで、欧米とロシアは双方を非難して対立が厳しくなっているのは周知のところです。
“ウクライナ情勢では、ジュネーブ合意に盛り込まれた「武装集団の武装解除」や「違法占拠の明け渡し」の解釈を巡り、欧米とロシアの見解が衝突。親露派武装勢力の武装解除などを求める欧米に対し、ロシア側はウクライナ極右勢力の武装解除を求めるなど非難合戦を繰り広げている。”【4月26日 毎日】
ロシアはウクライナ国境に4万人規模とも言われる軍を集結させており、24日にウクライナ軍が親ロシア派の強制排除に着手したことを受け、軍事演習を開始して圧力を強めています。
“(ロシアのショイグ)国防相は「(ウクライナでロシア系)住民に対する武器使用にゴーサインが出された。きょう中に(この)軍事行動を停止しなければ、死傷者が増大する」と指摘。国境付近で、南部軍管区(司令部ロストフナドヌー)と西部軍管区(同サンクトペテルブルク)の部隊が既に演習を始め、航空機も任務に当たると述べた”【4月25日 時事】
****ウクライナ:国防相「ロシア軍、国境1キロに接近」****
ウクライナ暫定政権のコワリ国防相は25日、ウクライナ国境付近で軍事演習をしているロシア軍が国境まで1キロの地点まで接近していたことを明らかにした。インタファクス通信が伝えた。
また、暫定政権のヤツェニュク首相は25日の閣議で、「ロシアは第三次世界大戦を始めようとしている。我々は自国をあらゆる手段で防衛する」と、ロシア軍侵攻の際には徹底抗戦する考えを示すなど、緊張が高まっている。暫定政権はロシアが国境地帯に24日、軍を集結させたと指摘し、集結の理由を48時間以内に説明するようロシア側に求めた。ヤツェニュク首相によると、25日時点で返答はないという。(後略)【4月25日 毎日】
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一方のウクライナ軍も、親ロシア派による武装占拠が続くスラビャンスク市郊外に兵士約1万5000人を配置し、同市攻略の構えを見せています。
****ウクライナが東部に兵力1万5千人集結か ロシア国防省****
親ロシア勢力と暫定政権のにらみ合いが続くウクライナ東部情勢で、ロシア国防省は26日、ウクライナ政府がスラビャンスク市郊外に兵士約1万5000人を配置し、同市攻略の構えを見せていると発表した。
国営ロシア通信が国防省筋の情報と伝えた。
ウクライナ軍の集結は衛星写真で判明したとしている。スラビャンスク市では親ロシア勢力が行政機関庁舎などの占拠を続けており、ウクライナ軍は「第2段階の反テロ作戦」の着手を宣言した。
同軍による最初の制圧作戦では親ロシア派の戦闘員5人を殺害したとも発表していた。
ロシア通信によると、スラビャンスク市近郊のウクライナ軍は戦車約160両、歩兵戦闘車両230台、装甲兵員輸送車、迫撃砲や多連装ロケット弾発射装置などを動員している。
ロシア国防省筋は、少量の短銃や散弾銃などで武装する同市の親ロシア勢力を圧倒する戦力と指摘した。ウクライナ東部にはロシア系住民が多い。ロシアのプーチン大統領はロシア系住民の迫害を非難、情勢次第では軍事介入に踏み切ることも警告している。
ロシア軍はウクライナ東部と国境を接する領内に4万人規模の兵力を待機させているといわれる。スラビャンスク市で親ロシア派の戦闘員5人が死亡した後、新たな軍事演習の開始も宣言し、揺さぶりをかけている。
ウクライナのヤツェニュク首相は26日、ロシア軍機が25日夜から翌日にかけウクライナ領空を数度にわたって侵犯したことを明かしてもいた。【4月27日 CNN】
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こうした緊迫した情勢のなかで、25日には、全欧安保協力機構(OSCE)のドイツやチェコなど一部加盟国で構成される軍事監視団がウクライナ東部ドネツク州で親ロシア派武装集団に「スパイ」として拘束されるところともなっています。
【週明けに追加制裁】
武装占拠集団への対応を取らず、むしろ国境での軍事演習と言う形で対決姿勢を強めるロシアに対し、欧米側は、明日28日には、これまでの制裁措置を追加発動してロシアへの圧力を強める構えです。
****ウクライナ:G7、対露追加制裁合意 28日にも発動****
日米欧とカナダなど先進7カ国(G7)と欧州連合(EU)は26日、ウクライナ情勢の緩和に向けた今月17日のジュネーブ合意を履行していないとして、対ロシア追加制裁を速やかに発動することで合意したと発表した。
制裁は28日にも発動される見通し。
ウクライナ暫定政権側の「合意不履行」を批判し、東部国境付近で軍事演習を行っているロシアが反発を強めるのは必至で、緊張緩和に向けた国際的な協調態勢は危機的状態に陥る可能性がある。
G7首脳などは声明で、ジュネーブ合意について「ロシアが(ウクライナ東部の)親露派武装勢力に対し、武装解除を呼びかけるなど具体的な緊張緩和策をとっておらず、逆にウクライナ国境付近で軍事演習をするなど緊張状態を強めている」と非難した。
また、「経済や貿易、金融分野を含め、実際的な報いをロシアにもたらすために行動する」としている。
声明に先立ち、ケリー米国務長官はEUのアシュトン外務・安全保障政策上級代表(外相)や英国、イタリア、カナダの外相と電話協議を行い、意思統一を図った。ロイター通信は追加制裁の時期について「28日発動」との関係筋情報を伝えた。
親露派がウクライナ東部で州政府庁舎などの占拠をやめず、ジュネーブ合意に違反していることから、EUは15人程度を対象に個人制裁を実施する方針を固めた。米国も個人制裁を拡大する。
ただ、EUは経済制裁はロシアの軍事侵攻がない限り検討しない方針で、当面は個人制裁にとどめる。EUはこれまでウクライナ南部クリミア半島のロシア編入に関与したプーチン政権関係者ら33人の制裁を行っている。
一方、全欧安保協力機構(OSCE)加盟国から成る非武装の軍事監視団が親露派武装勢力に拘束されたとの情報について、米国務省のサキ報道官は「深い懸念」を表明。拘束は「抑圧的で臆病な戦術だ」と非難し、解放を求めた。(後略)【4月26日 毎日】
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以上のようにこれまでのところは、親ロシア派武装勢力、ウクライナ軍、ロシア、欧米・・・それぞれが一歩も引かない姿勢で互いに圧力をかけあう“一触即発”の展開となっています。
****引かぬ米ロ、深まる危機 制裁効かず、駆け引き続く****
ロシアがウクライナ東部の親ロシア派をあおっているとして、欧米が経済制裁強化に踏み出す方針だ。
ロシアは米国とウクライナの責任を主張し、一歩も引かない構え。
危機は深まる一方で、ロシアがウクライナに軍事介入する事態さえ起きかねない状況だ。
ロシアの脅威に対し、米国は軍事行動を否定する一方で、経済制裁で対処する方針を明確にしてきた。ケリー米国務長官は「この過ちは高くつく」とロシアに繰り返し警告してきた。
これに対し、ロシアは、制裁強化の動きを表向きは冷静に受け止めている。プーチン・ロシア大統領は24日、「現代の社会で経済制裁は効果的ではない。政治的な性格のものだ」と述べた。欧州は天然ガスの3割をロシアに依存し、思い切った制裁には踏み切れないという読みがあるからだ。
実際に、経済制裁はロシア経済にどんな影響をもたらしているのか。
米国はこれまで、プーチン大統領側近のロゴジン副首相やスルコフ大統領補佐官らを対象に、米国内の資産凍結や渡航を制限。ロシア政府高官の資産を管理しているとされる「バンクロシア」も制裁対象にした。
欧州連合(EU)も、ロシア政府や軍関係者らの資産を凍結している。米国が週明けにも発動する追加制裁は、プーチン氏に近い企業関係者や会社を対象に加える公算が大きい。
ただ、こうした制裁は、一部の個人の資産を凍結しているにすぎない。ロシア経済全体への直接的な影響は小さいのが実情だ。
むしろ、ロシアにとって厳しいのは、混乱が続いていることで外国人投資家がお金を引き揚げていることだ。今年に入ってからロシアの通貨ルーブルは10%弱下がり、株価指数は20%超の大幅下落になっている。
こうした動きを背景に、米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は25日、ロシアの外貨建て信用格付けを1段階引き下げ、「BBB(トリプルB)マイナス」にすると発表した。「投資適格」とされる格付けでは最低の水準となった。
ロシアからのお金の流出は今年1〜3月末に、ふつうの1年分に匹敵する約640億ドル(約6兆5千億円)にのぼったためだ。格下げは、さらなるお金の流出をよび、悪循環に拍車がかかるおそれがある。
ロシアにとっては頭の痛い状況だ。
■軍事介入、高まる緊張
ウクライナやそれを支持する米国と、ロシアとの対立が深まるばかりのなかで今後の情勢はどう動くのか。
焦点の一つは、ロシアが国境を越えて、ウクライナ東部に軍事介入するかどうかだ。
(中略)
米政府高官は26日、「もしロシア軍がウクライナ国境を越えて侵略したら、基幹産業へ制裁を加える」と明言した。ロシアがウクライナに侵攻すれば、これまでのような限定的な制裁ではなく、天然ガスの禁輸なども念頭においた本格的な経済制裁に踏み込む可能性があるのだ。
ロシアにとっては「ウクライナ国内でのロシア系住民への攻撃の阻止」が、米国にとっては「ロシアによるウクライナ東部への侵攻を食い止める」ことが互いに譲れない一線になっている。
その一線をどちらかが越えればウクライナ情勢は軍事的に大きく混乱し、ロシアに対する経済制裁は本格化する可能性がある。その場合、世界経済全体にも大きなダメージが広がるおそれがある。【4月27日 朝日】
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【資金流出が続くロシア経済】
制裁措置の効果はともかく、記事にもあるように、ウクライナ情勢の通貨・株価への影響はすでに大きくなっており、ロシア・プーチン大統領としても決して無視できない状況です。
****ロシア 資金流出深刻 ウクライナ危機 株・通貨大幅下****
ウクライナ危機で欧米との関係が悪化したことにより、ロシア経済が急減速している。
不安心理からロシア市場から資金流出が相次ぎ、株価や通貨ルーブルは大きく下落。ウクライナ東部の情勢がさらに悪化し、欧米が追加の経済制裁に踏み切れば、さらなる景気悪化は必至だ。
ウリュカエフ経済発展相は16日、議会への報告で2014年1〜3月期の国内総生産(GDP)成長率が当初見込みを大幅に下回る0・8%だったと報告。通年の経済成長率を当初見込みより、2%低い0・5%へと大幅に下方修正した。
失速の理由をウリュカエフ氏は、ウクライナ危機をめぐる「過去二カ月間の緊迫した国際情勢」や「深刻な資金流出」のためと説明。資金流出は1〜3月だけで630億ドル(約六兆四千億円)に上り、13年の1年分に匹敵する。
ロシアの株価と通貨ルーブルは13年11月下旬にウクライナで反政権デモが始まって以来、下落傾向にある。特にロシアがクリミア半島の併合を決めたり、欧米の経済制裁が発動された際には急落。過去五カ月間でモスクワ市場の指数であるRTS株価指数は、2割、ルーブルは対ドルで1割も下がった。
米国や欧州連合(EU)が追加の経済制裁に踏み切れば資金流出がさらに進み西側企業がロシアへの新規投資を見合わせる動きが広がるのは確実。世界銀行は3月、危機が深刻化する最悪ケースでロシア経済が1・8%のマイナス成長に陥る可能性を指摘した。
ロシアは2000年代の原油価格の急激な上昇で年5〜10%の高い経済成長を続けたが、2008年のリーマン・ショックをはさんで10年代に入り成長は鈍化。
追い打ちをかけたウクライナ危機で、0・5%に下方修正した14年の成長見込みすら「楽観的だ」(シルアノフ財務相)と政権内にも厳しい見方がある。
景気動向がプーチン大統領の対ウクライナ戦略に影響を及ぼす可能性もある。【4月21日 東京】
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市場は事態が起こってからではなく、事態が起こる前の不安感から、先取りする形で動き始めます。
****市場は待ってくれない****
・・・アナリストは、ロシア経済には既に制裁の影響の兆候が見られると指摘。その一因は、ロシア経済に対するボイコットの見通しを受けて、投資家が遠のいていることだと分析する。
「アメリカもEUも、全面的な経済戦争は宣言していない」と、(元駐ウクライナ米大使、ブルッキングズ研究所上級研究員)パイファーは言う。「だが市場は、何か動きがあるまで待つことはない」
ロシア政府の最近の柔軟な姿勢も、それが理由かもしれない。
「プーチンは国民に政治を動かす余地はあまり与えないが、経済的安定は提供してきた」と、パイファーは言う。「経済制裁でそのバランスが崩れて自分の支持率が下がれば、彼も不安を感じ始める可能性はある」
ストイックなことで知られるロシア国民はウクライナ国民よりずっと多くを耐え忍ぶ覚悟があるが、彼らにも限界はあるかもしれない。そしてプーチンは、2月にウクライナ政権が倒れたような混乱を嫌っている。
それこそが、ロシアに外交政策を考え直させる要素になる可能性があると、パイファーは言う。「プーチンは、キエフの独立広場で起きたような民衆デモを恐れている」【4月29日号 Newsweek日本版】
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プーチン大統領は24日、欧米の制裁措置について、「(信用)格付けの見直しが行なわれ、借り入れコストが上昇する可能性があるなど、全般的に見ると損害は出ている。ただ、こうしたことは重大な性質を持つものではない」と、ロシア経済は阻害されているが、大きな打撃は受けていないとの見方を示しています。
しかし、ロシア経済の内情はそれほど楽観できるものではないでしょう。
ましてや、本格的経済制裁ということになると、欧州・ロシア双方大きなダメージを蒙ります。
【クリミアとは異なる住民感情】
また、ロシア系住民が多数派で、ロシアの侵攻を歓迎したクリミアと、現在焦点となっているウクライナ東部では住民感情に大きな差があります。
****ウクライナ:7割がロシア編入反対…東部・南部の世論調査****
不安定な情勢が続くウクライナ東部・南部で、住民の7割がロシア編入に反対しているとの世論調査結果が発表された。
地元メディアによると、親露派活動家による政府系庁舎の占拠が拡大している東部ドネツク州でも編入賛成は27.5%にとどまる。大多数がロシア編入に賛成した南部クリミア半島とは大きく異なることが明らかとなった。
暫定政権は世論のつなぎ留めを狙い、地方分権など懐柔策を打ち出している。
民間調査機関「キエフ国際社会学研究所」が10日から15日に実施し、八つの州の18歳以上の3232人から回答を得た。
全体では、編入反対は69.7%、賛成は15.4%だった。親露派の活動が活発なドネツク州でも反対は52.2%に上る。
一方、ロシアとウクライナの関係については、74.5%が「査証不要など行き来しやすい友好関係が望ましい」と回答。ロシア語を母語とする住民が圧倒的に多く、経済的にもロシアとの関係が強い東部・南部の地域的特徴が表れている。
暫定政権は18日、トゥルチノフ大統領代行とヤツェニュク首相が共同声明を発表。憲法改正によって地方分権を進め、ロシア語話者が多数を占める地域ではロシア語を公用語化すると表明した。【4月21日 毎日】
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住民多数がロシア編入を希望していない地域に侵攻しても、そのあとどうするのか?という問題に直面します。
こうした経済への影響、侵攻した場合の現実的問題を考えると、ロシア・プーチン大統領がこれ以上事態を悪化させることは“理屈の上では”考えにくいところです。振り上げたこぶしの降ろしどころを探していると思われます。
ただ、民族感情が絡むと理屈抜きの不測の事態が起こる、あるいは“後には引けない”状況となる可能性はあります。
ウクライナ軍も、ロシアを過度に刺激しないような慎重な対応が求められます。