(イラク首都バグダッド北東部に位置するサドルシティー地区で、発電機の電気を供給するケーブルを接続する男性(2021年7月2日撮影) 【7月10日 AFP】 似たような光景は東南アジアでも目にします。これで電力供給が機能しているなら、それは逆に凄いことです。)
【親イラン民兵組織と米軍の攻撃の応酬】
アメリカ・トランプ前大統領は2020年1月3日、米軍無人機でイラクのバグダッド国際空港を攻撃し、イラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官と、親イラン派民兵「人民動員隊」(PMF)のアブ・マフディ・ムハンディス副司令官を殺害しました。
コッズ部隊はイラン革命防衛隊の特殊工作部隊で、主に海外での破壊工作を担当していますが、PMFはそんなコッズ部隊の指揮下にあるイラクのシーア派民兵の集合体です。ムハンディス副司令官は、その中でも最強硬派の「カタイブ・ヒズボラ」の司令官でした。【2020年1月6日 黒井文太郎氏 JBpressより】
イラクでは、司令官を殺害された親イラン民兵組織「カタイブ・ヒズボラ」による米軍への報復(それは、ソレイマニ司令官を殺害されたイランのべ軍への報復でもあります)、それへの米軍の再報復という連鎖が今も続いています。
バイデン政権は基本的にはイラクからの撤退をイラク政府と合意しています。
****イラク駐留米軍が撤収へ、ISISの脅威減退で 共同声明****
米国、イラク両国は7日、イラク駐留米軍が最終的に撤収することなどを盛り込んだ共同声明を発表した。
イラク治安部隊の任務遂行の能力向上と過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の脅威の低減を理由とした。共同声明は、ブリンケン米国務長官とイラクのフセイン外相との会談後に出された。
米国防総省のカービー報道官は会見で、撤退時期については今後の技術的な協議で詰めるとした。ただ、この協議の日程はまだ設定されていないとした。
また、米軍の全面撤退のための時期も想定されておらず、一定の期限までに撤退させる兵士数の目標もないとした。
イラク駐留米軍の規模は現在、約2500人。駐留米軍の当初の主要任務はISIS掃討作戦だったが、今はイラク治安部隊の訓練や助言提供に重心が移っている。共同声明はこの責務の変質により、イラク駐留米軍の再配置を可能にする余地が生まれたとした。
一方、米国務省のプライス報道官は、訓練などの任務は米軍の撤収後も続くだろうと述べた。【4月8日】
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また、イランとの間では核合意復帰に向けた交渉を行っていることも周知のところ。
しかし、米軍への攻撃は座視しない姿勢で、バイデン政権の初の軍事行動は、シリアにある「カタイブ・ヒズボラ」など親イラン民兵組織施設への攻撃でした。
****米シリア空爆 バイデン政権、イランの武装勢力支援許容せず****
米国防総省のカービー報道官は25日、米軍がシリア東部にある親イラン系イスラム教シーア派武装勢力の施設に対して空爆を実施したと発表した。バイデン政権が親イラン系武装勢力に軍事行動をとるのは初めて。
米政権はイラン核合意への復帰を目指しつつも、中東地域を不安定化させるイランによる近隣諸国の武装勢力支援を許容しない立場を明確に示した。
報道官によると、今回の作戦はバイデン大統領の指示で実施された。2月中旬以降に相次いだイラクの米軍関連施設に対する攻撃への対抗措置とし、「大統領は米国や有志国連合の人員を守るために行動するという明確なメッセージを(イランに)送るものだ」と強調した。
報道官は「シリア東部とイラクの情勢の緊張緩和を図るために慎重な行動をとった」とも説明した。
イラク北部アルビルでは15日、米軍駐留拠点がロケット弾攻撃を受け、1人が死亡、米兵を含む9人が負傷した。22日にはバグダッドの在イラク米大使館が位置する区域が攻撃され、米政権は親イラン系勢力の仕業と断定していた。
空爆では、シーア派武装組織「神の党旅団」(カタイブ・ヒズボラ)などの親イラン系勢力が利用する国境管理地点の複数の施設を破壊したとしている。米紙ワシントン・ポスト(電子版)は米当局者の話として、空爆で数人の武装勢力メンバーを殺害した可能性があると伝えた。
シリア人権監視団(英国)によると、空爆先はイラク国境に面するシリア東部アルブカマル周辺で、弾薬を積んだトラック3台が破壊され、少なくとも親イラン勢力の民兵22人が死亡、多数が負傷した。
バイデン政権は、イランの核合意復帰に向けた外交交渉に着手しようとしており、大規模攻撃で対話路線が頓挫するのを避けたい思惑があったとみられる。
一方で米政権はイランに合意から逸脱した核関連活動を順守状態に戻させた後、イランによる武装勢力の支援と弾道ミサイル開発の停止に向けた追加合意の締結を目指したい考えだ。
しかし、イランは米国が経済制裁の緩和に応じない限り、応じない構えだ。一方、議会では共和党を中心にトランプ前政権で進められたイラン封じ込めを緩和することに反対論が根強い。
武装勢力支援をやめないイランを牽制(けんせい)するために中東での米軍の軍事行動が続く事態となれば、中国の脅威をにらんだインド太平洋地域に軸足を移すことを目指す米国の軍事戦略に支障をきたす恐れもある。【2月26日 産経】
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6月27日は2回目の空爆も実施。
****米軍、親イラン武装組織の拠点を空爆 シリアとイラクで****
米軍は27日、イランの支援を受けている2つの武装組織を標的にシリアとイラクで空爆を実施した。米国防総省は、これらの組織が米軍にドローンでの攻撃を仕掛けていたとしている。
同省によれば、空爆はシリアとイラク国境近くにある武器庫など3カ所を標的に実施された。これらの施設は武装組織「カタイブ・ヒズボラ」と「カタイブ・サイード・アル・シュハダ」が利用していたという。
国防総省のジョン・カービー報道官は、「米国は事態がエスカレートするリスクを限定するため、必要かつ適切、慎重な行動を取っただけでなく、抑止のための明確で疑う余地のないメッセージも示した」とした。現時点で犠牲者については伝えられていない。
ジョー・バイデン大統領が同地域で武力行使に出るのは、今回が2度目。バイデン氏は2月、イラクのエルビルにある連合軍がロケット砲を使った攻撃を受けたことに対し、戦闘爆撃機「F15E」での空爆を命じていた。【6月28日 WSJ】
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これに対する報復も続いています。
“シリア駐留米軍にロケット弾、親イラン武装組織の報復か”【6月29日 ロイター】
“イラク米軍基地にロケット弾=親イラン派の攻撃か”【7月5日 時事】
“イラクの米軍駐留基地にロケット弾攻撃、2人軽傷”【7月8日 ロイター】
撤退を予定している米軍も、親イラン民兵組織も、お互いレッドラインを越さない範囲、本格的な衝突に至らない範囲での攻撃応酬のようにも見えます。
【イランと距離を置くカディミ政権 国民にくすぶる親イラン民兵組織への不満】
なお、イラクのカディミ首相はイラクに対するイランの影響力排除を目指しており、親イラン民兵組織による暴力行為には対決姿勢を見せています。同じシーア派でも、イランに近い勢力と、イランの影響力を嫌う勢力の二つがあります。
****カディミ首相、シーア派民兵に警告「直接対決の用意がある」****
イラクのムスタファ・カディミ首相が、シーア派民兵を指しつつ、「必要となれば彼らと対決する用意がある」と伝えた。
カディミ首相は、ソーシャルメディア上で発言し、「国民の治安部隊と軍に対し違法な活動をする者のせいで揺るいだ安全を取り戻すために、我々は静かに取り組んできた。イラクがくだらない災難に陥らないようにすべく、平静になるように呼びかけた。しかし、必要となれば対決する用意がある」と警告した。
カディミ首相の発言を受け、政府と近い匿名希望の情報筋が次のように伝えた。
「親イランのシーア派民兵のアサイブ・アフル・ハックが、バグダッド空港に向けて実行されたロケット弾攻撃の犯人であるメンバーを政府が逮捕したため、政府を脅迫し始めた。この組織は、逮捕された民兵の釈放を要求した。さもないと今夜または明朝に政府の建物を攻撃すると脅迫した。この組織は、内務大臣をも直接脅迫した」
情報筋は、これらの出来事を受けて国家安全次官のカシム・アル・アラジ氏が介入して事件を抑えたものの、カディミ首相は逮捕された民兵を釈放しないと断言していると述べた。
シーア派民兵に属する武装組織が、バグダッドのリサファ地区付近の一部地域に展開しているとの主張が上がっている。【2020年12月26日 TRT】
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親イラン民兵組織の超法規的な暴力行為は米軍だけでなく、イラク国内活動家にも向けられています。
****イラクで相次ぐ活動家の暗殺、そして過熱する抗議デモ****
イラク時間5月9日の早朝、イラク国内で有名な反汚職活動家であったエハブ・アル=ワズニ氏がカルバラ県の自宅近くで何者かに襲撃、殺害されました。
政治家の汚職を糾弾し「カルバラの英雄」とも呼ばれていた著名な活動家であった彼の死はイラク全土に衝撃を与え、その翌日にはカルバラ県で数百人の市民が彼の殺害を非難するデモを行い、治安機関に対して犯人を見つけなければ暴動を起こすと主張もしています。デモはディカル県やナシリーヤ県にも飛び火し、道路を封鎖するなどの抗議活動が行われました。
逮捕されない犯人、背景には有力政党か?
今年の夏に総選挙を控え、イラクでは民主活動家や反汚職活動家の暗殺が昨年から度々ニュースを騒がせています。
昨年8月には南部バスラ県で著名な活動家であったタハシン・アル=シャマーニ氏が他のデモ参加者とともに殺害され、その場に居合わせた他2名が重傷を負うという事件が起き、昨年12月にはバグダードにおけるデモの中心的人物であったサラー・アル=イラーキー氏がバイクに乗った何者かによって暗殺されました。
また今年の2月には中部ナジャフ県でデモ隊数十名が武装した男たちに襲撃を受け、同時期に南部のナシリーヤ県では3名の活動家が暗殺されました。
しかしこれらの襲撃に対して、犯人が捕まることは決してありません。
冒頭のカルバラ県の事件で、抗議デモの参加者が暴動を示唆するまでの行動に出ているのにはこのような背景があります。
犯人は親イラン系の政党に属する民兵組織であると見られていますが、地元政府にも政党の影響力が強く犯人が全く逮捕されないという事実があります。
2014年以降、対過激派組織ISISの戦闘でイランが積極的にイラク政府を支援したことを背景に、イランはその後イラク国内で影響力を増強させています。
イラクはざっくり国民の6割がイランと同じイスラム教シーア派に属していると見られていますが、残りの4割に属するスンニ派やその他宗教以外も、シーア派内部からイランの影響力増大に反対する派閥も存在しています。
殺害された活動家たちもイランや親イラン民兵に目を付けられ、暗殺されたのではと見られています。
「誰も公言しないけど、みんな誰がやったかは分かっている」
親イラン民兵組織による超法規的措置がここ最近のイラクでは当たり前になってしまっています。
また国連もこの状況を「免罪が横行している」とし、イラク当局への非難を強めいています。
2019年から反政府デモが続くイラク
首都バグダードを中心とした2019年10月のデモは、経済状態の悪化への不満と政治家の汚職に起因していました。デモ隊は治安部隊とも衝突、当時少なくとも565人が2ヵ月の間で殺害されました。
昨年就任したばかりのカーズィミ―首相は、「犯人を追い詰める」と徹底的な調査を約束していますが、今現在活動家らの殺害に対して犯人が逮捕されたというニュースはありません。
夏に総選挙を控え、イラクでは情勢の悪化が再び懸念されています。【5月12日 牧野アンドレ氏 WorldVoice】
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【50℃超の猛暑 イランからの電力供給ストップ】
イラク市民を苦しめているのは経済状態の悪化と政治家の汚職、更には猛暑と停電。
そこにもイランの影が。
****連日50度の酷暑で停電長期化、各地で抗議デモ イラク****
イラク中部や南部の複数の町や国営の発電所で9日、酷暑が続く中で停電が長期化していることに対する抗議デモが行われ、数百人が参加した。
中部カルバラ近郊のハイラトにある発電所前で行われたデモに参加していたディアー・ワディさんは、「私たちは電力の復旧を望んでおり、復旧しなければこの発電所から去らない」とAFPに語った。
主に男性から成るデモ隊は、関係者の車両を取り囲んで攻撃し、後部の窓を破壊して叫び声を上げていた。
最高気温が連日50度を超え、南部のマイサン州、ワシト州、都市クートなどでも数十人が抗議デモを行った。
電力省は、先週南部で始まり他の地域にも広がった停電は、送電線への謎の攻撃が原因だとしている。
石油輸出国機構第2位の産油国であるイラクでは、数十年に及ぶ紛争とインフラの整備不足で電力供給網が十分に機能しておらず、隣国のイランからガスと電力を購入して電力供給の約3分の1を賄っている。
しかし、イランは先月29日、イラク電力省が60億ドル(約6600億円)以上の支払いを滞納しているとして、同国への電力供給をストップすると決定した。
マジド・マハディ・ハントゥーシュ電力相は、イラン政府が電力供給の停止を発表する前日に辞任した。イラクの電力相が夏季を乗り切れずに退任したのは18年連続。
イラクでは夏季に、酷暑のさなかの停電が頻繁に起きるが、今回は背景に別の要因がある。イラクは支払いが滞っている理由として、イランに米国が制裁を科しているために送金が規制されていること、原油価格の下落による金融危機、そして新型コロナウイルスの感染拡大の影響を挙げている。
イラク政府はまた、公共料金を支払っている消費者はほとんどおらず、多くが違法に電線を接続して電気を盗んでいると説明している。 【7月10日 AFP】
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支払い滞納によるイランの電力供給ストップということであれば、政治ではなく経済問題ということになりますが、背景にどういう事情があるのか、イラク・カディミ政権とイランの関係が影響しているのかは知りません。
なお、イラン自体が電力不足・停電が深刻化しており、とてもイラクに供給する余裕はないようにも思われます。
****真夏のイラン、停電が各地で頻発 抗議の動き、ロウハニ大統領謝罪****
首都テヘランなど主要都市で日中の最高気温が40度を超える真夏のイランで、電力不足による停電が各地で頻発し、市民生活に深刻な影響が出始めている。停電に抗議する動きもあり、国営テレビによると、ロウハニ大統領は演説で国民に対して異例の謝罪を行った。
イランでは本格的な夏に入り、冷房などで電力消費量が上昇。テヘランでは、2〜3時間の停電が1日で2、3回起きている。
ロウハニ師は演説で「困難と痛みに直面している国民に謝罪する」と発言。同師は、新たな仮想通貨を生み出す「マイニング(採掘)」の業者が、大量に電力を消費したことも原因の一つだと主張した。【7月7日 共同】
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