(トムスク市の議会選挙に出馬している、ナワリヌイ氏を支持するクセニア・ファデヤワ氏【9月11日 WSJ】)
【極東での反政府デモ、野党指導者毒殺未遂事件という混乱要因を抱えての統一地方選挙】
ロシアでは13日、知事選や地方議会選など統一地方選が行われます。
極東ハバロフスク地方で続く反政権デモや反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の毒殺未遂疑惑を受け、プーチン政権批判が投票結果に影響するかが注目されています。
極東ハバロフスク地方で続く反政権デモについては、8月1日ブログ“ロシア 極東ハバロフスクで続く「地方の反乱」”で取り上げました。
2018年の知事選でプーチン政権の与党「統一ロシア」候補に圧勝した野党のフルガル知事が、随分昔の2004〜05年に極東地方で起きた複数の殺害事件などに関与した疑いで治安当局に身柄を拘束されたことをきかけとして、地方住民の中央への不満が噴出した形となっています。
野党とはいってもプーチン氏には服従する政治家が多い中で、プーチン政権とは一線を画して独自の政治姿勢をとる“目障りな厄介者”が国策捜査で排除された・・・という感もありますが、9月の統一地方選、来年に下院選を控え、中央への反発が他の地方にも拡大するのを恐れているとみられる政権側が強硬な取り締まりを行わず静観する姿勢をとったこともあって、住民の抗議行動が2か月も継続する異例の展開となっています。
反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏毒殺未遂事件については、多くの報道があるように、ドイツが神経剤のノビチョクによるものとしてロシア政府に説明を求めていることを受けて、欧州・アメリカがロシア批判を強めて制裁も言及されていますが、(当然のごとく)ロシアは否定する展開となっています。
真相はわかりませんが(自作自演説もあります)、同じような事件が以前から繰り返されてきただけに、どうしてもロシア政府筋の関与を想像してしまうという点では、仮にプーチン政権が直接的には関与していなかったとしても「不徳の致すところ」でしょう。
****反体制派へ見せしめか、毒殺未遂にクレムリンの影*****
ロシア国内で重体に陥った同国の反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏について、ドイツ当局が神経剤「ノビチョク」を盛られたとの結論を下したことで、ロシア政府が背後で関与している可能性が濃厚となった。
専門家らの間では、ウラジーミル・プーチン大統領にたて突くものはどのような目に遭うか、反対派に知らしめるため、国家が意図的に関与したとの見方が出ている。
「このような毒物を使用するのは、ロシア政府以外に考えられない」。欧州大学(サンクトペテルブルク)のウラジーミル・ゲルマン教授(政治学)はこう指摘する。ノビチョクのような毒物は、国家の関与なしでは入手できないという。(中略)
ナワリヌイ氏はこれまで何度も、襲撃や投獄の危険にさらされていた。今回の毒物による攻撃は、「攻撃の場所と時間を自由に選べる」ことを見せつけることで、加害者側に心理的な優位性を与えている。
国際危機グループの欧州・中央アジアプログラム責任者、オルガ・オリカー氏は「ノビチョクの使用は、相手が誰でも好きなように攻撃できるというシグナルを送る狙いがある」と話す。
ナワリヌイ氏はユーチューブのチャンネルを駆使して、400万人近いフォロワーにメッセージを拡散するなど、その熱弁ぶりで群集をかき立てる力を有している。そのため、ロシア政府やエリート政治家にとって、同氏は長らくトゲのような存在だった。
ナワリヌイ氏は「賢い投票」と呼ぶ戦略を掲げ、所属政党にかかわらず、プーチン氏に対抗できる最も強力な候補を支持するよう呼びかけてきた。同氏の戦略は、政権寄りの候補への支持を低下させてる上で成功を収めている。(中略)
前出のゲルマン氏は「ロシア政府は、ナワリヌイ氏に毒物を盛ることで、野党結集のプロセスを妨害できると読んでいたフシがある」と述べる。「そうなれば、政府は手ごわい対抗馬を排除することで追い風を受ける」
ナワリヌイ氏は今年に入り、憲法改正に反対する運動を指揮して、政府との対決姿勢を強めていた。改憲には、プーチン氏が2036年まで首脳の座に居座ることを可能にする条項も含まれている。
ナワリヌイ氏は改憲の国民投票をボイコットするよう呼びかけていたほか、ロシア東部のハバロフスクや隣国ベラルーシでも、反政府デモに支持を表明していた。(中略)
カーネギー国際平和財団モスクワ・センターのディミトリー・トレーニン所長は、「ロシア政府が本当にナワリヌイ氏殺害を狙ったのなら、なぜドイツへの移送を認めた?」と問いかける。「攻撃に関与したとの批判を避けたいなら、なぜ欧米諸国ですでにロシア製だと広く知られている兵器を使うのか? ナワリヌイ氏の他に毒物による被害が全く出ていないのはなぜか?」
一方で、ナワリヌイ氏が目障りだと感じている政府周辺のあらゆる勢力、またはプーチン氏を喜ばせて点数稼ぎを狙う筋から、同氏が攻撃を受けた可能性もあるとみられている。
欧米諸国は近年、2014年に起きたロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合などを理由に、一連の経済制裁を科してきた。制裁はロシア経済には大きな打撃を与えたものの、プーチン政権による反体制派の弾圧や攻撃的な外交政策を改めさせるには至っていない。
追加制裁の可能性をちらつかせても、ロシア政府の政策に影響を与える見込みは薄く、欧米諸国からの批判にすでに慣れきっている指導部に対して、制裁はなんら効果を発揮しないだろう。
前出のゲルマン氏はこう話す。「評判という点において、ロシア政府に失うものなど何もない」【9月4日 WSJ】
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【ナワリヌイ氏を欠いた反体制派の戦い・・・・「中央権力に近いことが政治家にとって大事」とする政治体制の考え方を変えたい】
今回の統一地方選挙は、反プーチン勢力にとってはナワリヌイ氏という中心的存在を欠いての戦いとなります。
****ナワリヌイ氏欠くロシア反体制派、地方選の勝算は****
ロシア政府を批判しているアレクセイ・ナワリヌイ氏は昨年、ウラジーミル・プーチン大統領に対抗するという点で異例の勝利を収めた。昨秋のモスクワの市議会選挙では汚職、貧困率の上昇や公共サービスの劣化に対する市民の不満を集め、プーチン氏に忠誠を誓う候補者を打ち負かすことができた。
ナワリヌイ氏が命を狙われ、ドイツで深刻な病状の治療が続く中、彼の団体は活動を続けようとしている。11日に始まる地方選挙は、反体制派が力を維持できるかどうかを測る重要な試金石となる。ナワリヌイ氏に対する攻撃で、苦境に立たされているロシアの政治的反対勢力はひるむのか、それとも、勢いを増すのか。
ロシアの政治において市・地方レベルの選挙が大きな影響力を持つことはない。とりわけ、同国の政治の中枢であるモスクワから遠く離れ、汚職とロシア式の利権政治によって、ロシア政府とのコネを持つごく少数の政治家が権力を握り続けている地域ではそうだ。
しかし、野党勢力の支持者は、近年の大統領選や議会選で投票の水増しが行われた疑惑があるだけに、地方選挙が改革のために戦える最後の舞台だと述べる。ロシア政府と与党「統一ロシア」は、投票水増し疑惑を否定し、それを非難している。
統一ロシアの候補が敗北すれば、プーチン大統領が直面する問題が1つ増える。同大統領は、生活水準を低下させたゆっくりと進行する経済危機、同国の極東地域で続く抗議活動や、支持率の低下といった問題に直面している。
ロシア各地では11日から13日に市や地方の選挙が行われる。州知事選挙は18カ所、地方議会の選挙は11カ所で実施されるほか、20を超える大都市で市議会選挙が行われる。
そうした選挙で中央政府の権力構造が変わることはないものの、政府の政治学者らは来年の議会選挙に備え、結果を慎重に分析し、与党に対するロシア国民の姿勢を見極めることになる。
選挙が行われる場所には、シベリアの都市トムスクも含まれる。トムスクは、ナワリヌイ氏が強力な神経剤による攻撃を受けたときに活動していた場所だ。(中略)
(ナワリヌイ氏の支援を受けてトムスク市議選に立候補している)ファテイエフ氏(28)によれば、事件以降、両候補のために選挙動向を監視するボランティアの増加など、反政権側の運動を後押しする動きが出ている。
ファテイエフ氏は「人々は怒りを感じており、与党『統一ロシア』の放逐を手助けする運動に関与したいと思う人々のうねりが見られる」と述べた。同氏は、ナワリヌイ氏のトムスク滞在中に撮影され、地元当局者による汚職容疑の詳細を示した最近公開のビデオも、反対勢力への支持拡大に火をつけたと語った。
ナワリヌイ氏は昨年、「スマート投票」と呼ばれる選挙戦略を通じ、モスクワとその他地域の反対勢力への支持をまとめようと試みた。
「スマート投票」の戦略は、ある統一ロシアの候補に対し、勝利する可能性の最も高い対立候補を選び出し、これらの候補者のもとに(人的・金銭的)資源を集中させるやり方だ。
モスクワの市議会選挙では、ナワリヌイ氏側の候補が統一ロシア候補の議席の3分の1を奪った。ただ、他地域の選挙結果はまちまちだった。
政権支持派の政治家たちは、自分たちが権力を維持できるのは、彼らであれば成果を上げることが可能と信じる有権者たちの強い基盤に根差した人気にある、と考えている。
政治コンサルタント会社のディレクターで、10年前には統一ロシアの社会評議会トップを務めたアレクセイ・チェスナコフ氏は、「有権者たちは極めて実利的であり、多くの人々はコネを持つ強い候補が必要だと考えている」と述べた。(中略)
トムスクのファデヤワさんは、住宅や道路など日常生活の問題解決に役立つことはめったにないのに、「中央権力に近いことが政治家にとって大事」とする政治体制の考え方を変えたい、と語る。
皮肉な考え方と無関心がロシアの有権者の間に広がっており、トムスクでは投票率が低下。2014年の選挙では18%に落ち込んだ。
ファデヤワさんは「戸別訪問をすると、とても驚かれることが多い」としつつ、「自分に投票してほしいと頼む理由はたくさんあるが、統一ロシアによる市の政治支配を打破するために立候補した、と言うと皆耳を傾けてくれる」と語った。【9月10日 WSJ】
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「有権者たちは極めて実利的であり、多くの人々はコネを持つ強い候補が必要だと考えている」・・・日本でも似たり寄ったりでしょうが、そうした「壁」に風穴を開けることができるか・・・。
【政権与党「今回の選挙は明らかに本番(来年下院選)前のリハーサルだ」 観客はプーチン氏】
プーチン政権としても、来年下院選を控えて負けられない戦いです。
****プーチン与党に最大の試練 ロシア統一地方選****
(中略)13日の統一地方選は、2021年のロシア下院選を前にプーチン与党の人気を占う最も重要な試金石となる。
有権者が統一ロシアに見捨てられた、あるいはないがしろにされたと感じている地域では、地元の問題に対する人々の怒りが経済の低迷と新型コロナウイルスの影響でさらに高まり、ロシア下院で絶対多数を握る同党も支持率が8月に過去最低の水準まで落ち込んだ。
■集票マシンに機能不全の兆候も
「今回の選挙は明らかに(21年の)本番前のリハーサルだ」と話すのは、戦略コンサルティング会社マクロ・アドバイザリーのトム・アズヘッド調査部長だ。
「集票マシンが準備万全で完全に機能し、来年のことを心配するには及ばないということをプーチン氏に示すもので、観客はプーチン氏しかいない」
だが、集票マシンは機能不全の兆候を示している。
極東ハバロフスクでは、知事の逮捕と大統領府による代行者の任命を発端とする抗議運動が2カ月前から続き、それに倣うように抗議運動が国内各地に広がっている。
ハバロフスクは今回の統一地方選には含まれていないが、野党候補らは市民が行動を起こしている他の自治体で、与党が支援する現職候補を追い落とすことに照準を合わせている。
政府系の世論調査機関によると、8月時点で統一ロシアの支持率は30.5%に低落している。16年のロシア下院選では52.4%の票を集めた。しかし、その後は過去4年のうち3年で実質所得が低下し、年金受給開始年齢も引き上げられた。新型コロナ対応も悪く、ロシアの感染者は世界で4番目の多さだ。
■有権者ではなく中央政府の方を向く
プーチン氏が敷いた厳格な中央集権体制の下で、各自治体の知事や議会には限られた権限しかない。その一方で大統領府から補助金も受けているため、真っ先に反プーチン派の標的となっている。
「予算を増やし、再選を支えてもらえるようにと、地方行政に携わる者は有権者でなく中央の方を向こうとする」と国際金融協会(IIF)の副首席エコノミスト、エリナ・リバコワ氏は述べる。「しかも、このところ財政状態は良くならず、逆に悪化している」
アナリストらによると、南部イルクーツク州、北部コミ共和国、北西部アルハンゲリスク州の各知事選で大統領府が支援する候補が最も苦戦し、シベリアの中心都市ノボシビルスク州や極東マガダン州などの議会選で野党が統一ロシアの過半数支配を覆しうる情勢となっている。
地方レベルでは詳細な世論調査が実施されなかったり、結果が非公表だったりするが、プーチン氏が24年の大統領選に再出馬して当選すれば、最長で36年まで大統領を続けられることを盛り込んだ憲法改正案をめぐる7月の国民投票では、上記5自治体全てで有権者の約3分の1が反対票を投じた。
東シベリアのイルクーツクでは、数十人の死者を出し、数千人が家を失った19年の大洪水への対応をめぐり、中央政府の不手際に非難が集中している。アルハンゲリスクとコミでは18年から、両者の境界近くにモスクワで出たゴミの埋め立て処分場を建設する計画への反対運動が続いている。
■出馬を阻止する制限
前出のアズヘッド氏は、地方で政治的な抗議運動が起こるのは通常、「中央が現地の人々を本当に怒らせることをした場合で、アルハンゲリスクとハバロフスクは典型だ」と指摘する。
コロナ禍にしても、病院や医療用資材の備蓄、医療予算の面で首都モスクワの水準をはるかに下回る地方に影響が偏り、今も多くの地方が様々なレベルの封鎖下にある。
大統領府は数週間前から、知事選で指名候補が過半数の得票を得られず、反体制派を勢いづかせる決選投票にもつれ込んでも意に介さない姿勢を示そうとしている。プーチン氏の報道官は8月、「決選投票は悲劇ではない」と述べた。
それでも知事選への立候補には地方議員の一定の支持を得ることを要件とするなど、接戦が見通される選挙への出馬を阻止するための制限がかけられている。
アルハンゲリスクでは8月、ごみ処分場建設の反対運動に加わる人たちが支援する環境活動家オレグ・マンドリキン氏が、十分な数の署名を集めたと報じられながら知事選への立候補を認められなかった。それ以来、大統領府に指名された現職候補は処分場建設への反対を掲げている。
■最有力の野党候補に票を集中させる
統一ロシアの支持率低下で最も恩恵を受けそうなのは「体制内野党」、つまり有権者に選択肢を与える目的で大統領府に認可され、国政レベルの重要課題で通常はプーチン氏を支持する政党だ。
だが、ロシア議会で統一ロシアに抵抗することはほとんどなくても、そうした政党の候補者は、有権者が中央政府に無視されていると感じる地方では反モスクワ感情の受け皿になる可能性がある。
イルクーツクで大統領府が選んだ知事に挑むロシア共産党のミハイル・シチャポフ候補は「中央政府と交渉するのは簡単でも、我々がビーズを身にまとう原住民ではないとわからせながら対等の立場で話すのは本当に難しい」と話す。
ナワリヌイ氏と彼がつくった政党は統一ロシアに対抗する真の野党勢力で、しばしば選挙から締め出されている。そうしたなかで同氏は「賢い投票」という選挙戦略を編み出した。
反体制派の票を最も有力な野党候補に集中させる作戦で、19年の一連の選挙で現職候補の落選につながった。
ナワリヌイ氏の支持者のなかには、この運動を阻止するために同氏は毒を盛られたと主張する人もいる。大統領府は一切の関与を否定している。
ナワリヌイ氏の主要な側近の1人であるウラジーミル・ミロフ氏は「我々の一大プロジェクトであり主な目標は賢い投票だ。おそらく大統領府の最大の懸念材料でもあるだろう」と語る。「(ナワリヌイ氏の事件があっても)これは続く」
「この作戦が成功して大規模な抗議活動を生み出したハバロフスクのような地域をもっと増やしたい」とミロフ氏は付け加えた。【9月11日 日経】
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欧米諸国からの批判にすでに慣れきっている政権指導部にとっても、今回統一地方選の動向は大いに気になるところです。