
(【3月9日 WSJ】)
【かつては「ゼロ・プロブレム外交」を掲げたエルドアン政権だが・・・】
トルコ軍と同軍が支援するシリア反体制派武装組織が隣国シリア北西部アフリンでクルド人民兵組織「クルド人民防衛部隊」に対して実施している軍事作戦で、18日、アフリン全域を掌握、トルコは2か月にわたる戦闘に勝利しました。
エルドアン大統領はさらなる戦線の拡大を表明しており、マンビジュに駐留する米軍との衝突も懸念されています。
****トルコ、対クルド作戦拡大の意向 シリア北東部まで****
トルコのエルドアン大統領は19日の演説で、敵視するシリアのクルド人勢力に対する軍事作戦を、同勢力が拠点とするシリア北部や北東部まで拡大する意向を表明した。地元メディアが伝えた。(中略)
米軍は過激派組織「イスラム国」(IS)掃討でシリアのクルド人勢力を支援し、シリア北部に複数の拠点を置いている。実際にトルコ軍が作戦を拡大すれば、関係悪化が続く米国との間の緊張が一層高まりそうだ。【3月20日 共同】
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こうした動きにみられるように、最近のトルコは力を誇示するような強硬な姿勢が目立ちます。
(3月13日ブログ“トルコ シリアでのクルド人勢力制圧を進行 国内外で“力を誇示”するエルドアン大統領”)
もともとは、エルドアン大統領(以前は首相)は「ゼロ・プロブレム外交」を掲げて積極的な全方位外交を展開し、国内における民主主義とイスラムのバランスを維持する姿勢、国内経済の順調な成長を含めて、イスラムにおける民主主義のモデルケースとももてはやされていました。
しかし、国内にあってはイスラム主義への傾斜を強め、批判勢力を力で弾圧・封じ込める姿勢が強まりました。特に、クーデター未遂事件以降は強権的姿勢も強まっています。
外交にあっても、「アラブの春」への対応あたりから周辺国との軋轢・対立が増え、「ゼロ・プロブレム外交」ではなく「ゼロ・フレンド外交」になったなどとも揶揄されるようにも。
下記の「ゼロ・プロブレム外交」挫折の解説記事は最近のものではなく、およそ3年ほど前の指摘です。
****トルコの「ゼロ・プロブレム外交」の挫折****
(中略)
●「ゼロ・プロブレム外交」
エルドアン首相(当時)が率いてきたAKP政権は、2002年の発足以来、国際政治学者であったダヴトオール外交顧問・外相(当時、現首相)の主導の下、「ゼロ・プロブレム外交」と称する多面的外交を展開してきました。
これは、イラン、シリア、エジプトなどの隣国との関係を改善し、中東において他国と軋轢を生じている国々に対しても必要に応じて仲介の労をとるという、積極的な全方位外交です。
「トルコの政策金利据え置きと総選挙」で述べたとおり、AKP政権は、イスラム国家としてのアイデンティティを重視しながらIMF主導の経済改革を実行しましたが、同時に、中東諸国との経済関係の強化を追求しました。
そして、実際に高度経済成長を成し遂げ、自分たちの統治手法に対する自信を深めたことにより、自分たちのやり方を一つの理想的なモデルとして関係国にアピールする姿勢が見られるようになります。
しかし、「ゼロ・プロブレム外交」は、当初こそアラブ諸国との間での経済関係の強化などの成果を生み出したものの、2011年の「アラブの春」を契機に、中東の国際秩序の複雑さに呑み込まれ、結果として深刻な状態に陥ります。
「ゼロ・プロブレム外交」を目指したのに、ただの「プロブレム外交」になったとか、「ゼロ・フレンド外交」になったなどと揶揄されています。以下、具体的にみていきます。
●中東諸国との関係
まず、エジプトでの「アラブの春」の動きに対しては、モルシー大統領を積極的に支持し、これをクーデターで倒したシーシー政権を激しく非難しました。
モルシー大統領の支持基盤であるムスリム同胞団は、「エジプト・モルシー大統領の死刑判決」で述べたとおり、サウジらGCC諸国にとっては天敵にあたります。
したがって、これらの国々にとってトルコの外交は許し難いものでした。また、民主的な選挙による独裁政権の打倒を支持する姿勢は、トルコ式民主主義を輸出するかのようなイメージを与え、強い警戒心を抱かせました。
(ちなみに、GCCの中でも、カタールだけはエジプト、シリアにおける民主化勢力を支持するという独自の路線を採っており、他のGCC諸国との間で軋轢が生じています。(中略))
また、スンニ派諸国と敵対関係にあるイラン、シリア、イスラエルに対しては、伝統的に良好な関係を維持するという独自のアプローチをとってきました。
しかし、シリアについては、アサド政権が民主化に対する弾圧的な政策を変更しなかったため、経済制裁への参加に踏み切りました。両国間では緊張が高まり、2012年には武力衝突に至ります。
また、イスラエルについては、パレスチナに対する軍事攻撃などに対して強く非難し、これまた関係は険悪になりました。
イランとの間では、2011年の天然ガス・パイプラインの建設などの経済関係の強化もあり、何とか国際社会との仲介役の役割を続けています。
イラクとの間では、フセイン政権が倒れた後、経済関係を強化して、良好な関係を築いてきましたが、マリキ政権のスンニ派に対する弾圧的な政策を非難し、関係が冷却化します。
「イスラム国」に対しては、米国からの要請があるにもかかわらず、直接的な武力行使を避けるという選択肢をとっています。
直接に国境を接する「イスラム国」からの報復を怖れているということもありますが、米国が「イスラム国」掃討を優先し、アサド政権を事実上容認する結果となっていることが一因となっています。トルコとしては、アサド政権打倒を優先する方針をとり、反アサド派勢力への支援を行っているからです。(中略)
また、「トルコ総選挙」で述べたとおり、トルコは国境地帯のクルド人を救出するために「イスラム国」と戦うという選択肢をとらなかったのですが、これは、現地のクルド政党PYDがトルコにおいて非合法化しているクルド政党PKKと密接な関係にあったことが背景にあります。(中略)
「トルコ総選挙」で述べたとおり、トルコは地政学的に優位な場所に位置しており、そのポテンシャルは高いものがあります。
新政権が「ゼロ・プロブレム外交」の挫折をどのような立て直すかが注目されます。
もっとも、政権運営のかたちが見えず、まだまだ安定化に時間を要するとみられるので、「プロブレム」の解決もだいぶ先になるかもしれません。【2015年6月18日 グッチーポスト】
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上記記事が書かれてから約3年、“「ゼロ・プロブレム外交」の挫折をどのような立て直すか・・・・”とのことでしたが、エルドアン政権は周辺国・関係国との対立姿勢を強める一方です。
エルドアン大統領の“気性の激しさ”は今に始まったことではありませんが、最近は周辺国・関係国との間で、手当たり次第に喧嘩を売るような姿勢も。
【クルド人勢力を撤退させるようにアメリカに警告】
冒頭にあげたアメリカとの関係では、アメリカに対しクルド人勢力を後方に撤退させるように圧力をかけています。
****米にトルコ警告、シリア北部緊張 マンビジュへの作戦拡大示唆****
(中略)「米国がYPGをマンビジュから撤退させられないなら、我々がYPGを撤退させる」。トルコのエルドアン大統領は25日の演説でこう話し、アフリンでの越境作戦が、約100キロ東に位置するマンビジュにも及ぶ可能性に言及した。
トルコは、YPGが自国の非合法武装組織「クルディスタン労働者党」(PKK)と同一の「テロ組織」と認定。トルコ軍はシリアの反体制派武装組織「自由シリア軍」を支援し、1月にYPGが支配するアフリンへの越境作戦を始め、3月18日に中心部を制圧した。
米国務省のナウアート報道官は19日、現地のクルド人らが避難を強いられ、略奪が起きているとの報告もあると、「深い懸念」を表明した。
これに対してエルドアン氏は20日、トルコが反対したのに、米国が過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦を通じてYPGに大量の武器を渡したと猛反発した。
アフリン中心部の制圧後、エルドアン氏はYPGの勢力圏にある五つの地名を挙げ、作戦範囲を広げる考えを示した。その一つがマンビジュだ。
トルコは、マンビジュのYPG戦闘員をユーフラテス川の東側に撤退させるように米国に求め、その後はトルコと米国が共同で治安確保にあたりたい考えを示す。マンビジュでの米国との協力のあり方が、今後のシリア北部への関与を決める試金石とみている。【3月28日 朝日】
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アメリカは、ISの復活を阻止し、シリアにおける影響力を保持してイランの勢力拡大を牽制するため、クルド人勢力との関係も維持するのでは・・・ともみられていましたが、最近、トランプ大統領が(国務省や軍の反対にもかかわらず)“シリアからの撤退”を言い始めていますので、案外、エルドアン大統領の望む形が実現するのかも・・・。
【EUとの溝は埋まらず 国内には激しい欧州批判も】
EUとの関係は、悪化が続いています。
****<EUトルコ首脳会談>歩み寄り至らず 溝の深さ、浮き彫り****
欧州連合(EU)とトルコは26日夜、ブルガリア東部バルナで首脳会談を開いた。2016年夏のクーデター未遂を機に強権的な姿勢を強めるトルコと欧州の関係は悪化している。
トゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)は会談終了後の記者会見で「具体的な解決について歩み寄りには至らなかった」と述べ、溝の深さをうかがわせた。
EUはトルコ国内の人権弾圧や、トルコが敵視するシリア北部のクルド人支配地域への軍事作戦などを巡って懸念を強めており、長年交渉が難航しているトルコのEU加盟については、加盟国や欧州議会から打ち切りを求める声が上がっている。
トゥスク氏は関係改善にはトルコ国内の「法の支配」の定着などが鍵だと指摘。トルコのエルドアン大統領は、EUの拡大政策からトルコを除外するのは「深刻な過ち」だと指摘し、「テロとの戦いなど慎重を要する問題に公正さを欠いた批判は望まない」とも述べた。
EUはテロ対策やシリア難民の「防波堤」としてトルコに依存する。一方、トルコにとってもEUは最大の貿易相手で、進展の見通しのない加盟交渉のドアを閉ざさず、現在の戦略的な関係の継続を望む点では一致する。【3月27日 毎日】
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お互いに、価値観・文化の異なるトルコのEU加盟はあり得ないことはわかってはいますが、決裂は移民問題・貿易問題でお互いの得策にはなりませんので、交渉の状態を維持し、関係の継続を望む・・・という“大人の判断”でしょうか。
ただ、トルコ国内にはドイツ・メルケル首相へ強烈な批判もあがっているようで、今後エルドアン大統領もそうした声に便乗して欧州批判を強めることもあり得ます。
****メルケル独首相に「ナチス精神」 トルコ紙、ヒトラー風写真で批判****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領を強力に支持する現地紙が26日、ドイツのアンゲラ・メルケル首相をヒトラーになぞらえた風刺写真を1面に掲載し、「ナチスの精神構造」の持ち主だと批判した。
外交面で強硬な意見を持つことで知られるトルコ日刊紙「イェニ・アキト」の1面に掲載されたのは、ナチス・ドイツの指導者アドルフ・ヒトラー風のひげを生やし、かぎ十字の腕章と、たすき掛けベルトを着用したように加工されたメルケル氏の写真。「われわれは彼女のこうした精神構造を非常に憂慮している」と書かれている。
風刺写真が掲載された26日には、トルコと欧州連合の関係修復に向けて、エルドアン大統領と欧州連合のドナルド・トゥスク大統領、欧州委員会のジャンクロード・ユンケルが、ブルガリアの黒海沿岸リゾート地、バルナで会談していた。
EU加盟国の首脳らは、トルコが東地中海とエーゲ海でキプロスとギリシャに対して「不法行為」をしていると批判する声明を発表。特にトルコ領に迷い込んだギリシャ兵2人の身柄を拘束したことを非難している。しかし、こうしたEUの動きにトルコは強く反発している。
イェニ・アキト紙は、メルケル氏について、トルコが引き渡しを求めている指名手配容疑者らをドイツ国内に「保護」する一方、ドイツ各地でモスク(イスラム礼拝所)への放火が相次ぐ事件にはだんまりを決め込んでいると指摘。
「彼女はわが国でのスパイ活動を目論んでいたギリシャ兵の問題を恐れている」「ナチスの精神構造を持つメルケルが、いちいち反トルコ的なコメントをしてくることにイライラさせられる」などと批判している。【3月27日 AFP】****************
【イスラエル・ネタニヤフ首相とは罵り合い】
イスラエルとの関係は、一時期改善の動きも見られましたが、最近は再び悪化し、先日のガザ地区の混乱に関してはエルドアン大統領とネタニヤフ首相の“罵り合い”ともなっています。
****イスラエル首相は「テロリスト」 ガザ衝突でトルコ大統領が非難****
パレスチナ自治区ガザ地区の対イスラエル境界線付近で起きたパレスチナ人デモ隊とイスラエル軍の激しい衝突をめぐり、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は1日、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相を「テロリスト」と呼んで非難した。
おい、ネタニヤフ! お前は占領者だ。占領者としてあの土地にいる。同時に、お前はテロリストだ」と、エルドアン大統領はトルコ南部アダナ県で行った演説で述べた。演説の様子はテレビ放映された。
さらにエルドアン氏は、「抑圧されたパレスチナ人に対するお前の行為は歴史に残る。われわれは決して忘れない」「イスラエル国民もお前の行いのせいで居心地の悪い思いをしている」などと続けた。
ガザ地区の対イスラエル境界線付近では3月30日、パレスチナ人による大規模デモがイスラエル軍との衝突に発展し、デモ隊16人が死亡、数百人が負傷した。イスラエル側は、数万人規模のデモ本隊から離れて要塞化されたフェンスに近づいたパレスチナ人らに発砲した兵士の行動を擁護している。
これについて「非人道的な攻撃」だとイスラエルを非難したエルドアン氏に対し、ネタニヤフ氏は「世界一モラル水準の高いイスラエル軍が、長年にわたり民間人を無差別爆撃してきた人物からモラルに関して教えを受けることはない」とツイッターで反撃。
さらに、1日がエイプリルフールだったことに言及し「どうやら(トルコの首都)アンカラでは、こうやってエイプリルフールを記念するようだ」とも述べた。
ネタニヤフ氏は以前、エルドアン氏について「クルド人の村を爆撃する」人物だと名指しで非難していた。【4月2日 AFP】
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【トルコの「新オスマン主義」を経過するサウジアラビア・ムハンマド皇太子】
中東にあっては、ムスリム同胞団への宥和的姿勢、サウジアラビアに抗してイランとともに行っているカタール支援、シリアでの“アサド容認”ともとれるロシア・イランとの協調などで、同じスンニ派の地域大国サウジアラビアとの対立が激しくなっています。
****サウジとトルコ 「スンニ派対立」激化****
イスラム教スンニ派盟主を自任するサウジアラビアのムハンマド皇太子が、スンニ派大国のトルコを「悪の三角形の一辺だ」と、厳しい言葉で批判した。
皇太子によれば、残る二辺は、(「シーア派の)イランと過激宗教グループ」だという。
不倶戴天の敵であるイランと同列に見なされるほど、サウジアラビアとトルコの関係は急速に悪化している。(後略)
【「選択」4月号】
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サウジアラビアからすると、トルコのシリア越境、クルド人勢力制圧作戦は、オスマントルコ崩壊後の「トルコとアラブの境」を塗り替えようとする「オスマン帝国の野望」「新オスマン主義」ということになるようです。
前出のように、エルドアン大統領がイスラエルの向こうを張ってパレスチナ人支持の姿勢を派手にアピールするのも、アラブの盟主たるサウジアラビアにとっては気に入らないのかも。
【支持者受けするパフォーマンスは相変わらず】
「ゼロ・プロブレム外交」どころか、周りは敵だらけのトルコの現状ですが、そんなことにはめげないのがエルドアン大統領です。
エルドアン大統領は、支持者受けする子供を使ったパフォーマンスが好きなようで、3月13日ブログでも取り上げた件では「子供を殉死者に仕立てようとしている」との批判も浴びましたが・・・・。
****シリア空爆で片目失った赤ちゃん、トルコに脱出 大統領が出迎え****

シリア政府軍の包囲下で空爆に遭って片目を失い、その痛ましい写真がソーシャルメディア上で注目を集めた赤ちゃんが、家族らと共に無事トルコに脱出した。トルコ赤新月社が明らかにした。
現在6か月のカリム・アブドラ君は昨年10月、生後わずか5週間のときに首都ダマスカス近郊の反体制派支配地区、東グータの市場で母親と共に政府軍の包囲下で空爆に遭い、重傷を負った。母親は死亡した。(中略)
トルコのメディアによると、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領は、シリアと国境を接する南部ハタイに到着したカリム君とその家族らを出迎えた。(後略)【4月2日 AFP】
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