
(ポーランド大統領らを乗せた政府専用機の墜落から7年を迎え、首都ワルシャワの大統領府前で行われた追悼式典で花輪を手向ける与党「法と正義」党首のヤロスワフ・カチンスキ元首相(2017年4月10日撮影)。【4月11日 AFP】)
【EU大統領再選、更には10年前の飛行機事故で激化するカチンスキ党首とトゥスクEU大統領の対立】
オルバン首相率いるハンガリー同様に、カチンスキ氏が率いる愛国主義的な理念を掲げる保守派「法と正義」が政権を担う東欧ポーランドでは、西欧的民主主義の価値観からすると異質な“裁判所やメディアに対する統制を強め、ポーランドを専制政治に導いている”(昨年12月21日付のニューヨーク・タイムズ紙の社説)とも評される政治体制が続いています。
このあたりの話は、1月24日ブログ“NATOの対ロシア戦略の要ポーランドの民主主義逸脱 必ずしもロシア脅威論だけではない欧州”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170124でも取り上げたところです。
そのポーランドは、ドイツ・メルケル首相がけん引してきたEUの“寛容な難民政策”には強く反対し、イギリスのEU離脱で何かと不協和音が目立つEUの結束を揺るがすような存在でもあります。
一方、EUの大統領を務めるのは、保守派「法と正義」のカチンスキ党首のかつての政敵でもある、中道右派の「市民プラットフォーム」を率いたトゥスク氏ですが、出身国ポーランドはトゥスクEU大統領の再選に執拗に反対して話題ともなりました。
****EU首脳会議、トゥスク大統領再選 出身国ポーランドは反対****
欧州連合(EU)は9日、ブリュッセルで首脳会議を開き、5月末で任期切れとなるトゥスクEU大統領を再選した。一方、同氏の出身国ポーランドは、再選に強く反対した。
ポーランドの現在の与党「法と正義」のカチンスキ党首は、トゥスク氏のかつての政敵。シドゥウォ首相はカチンスキ党首の指示の下、トゥスク氏再任に反対票を投じたが、残りの27カ国は同氏を支持した。
シドゥウォ首相は当初、再任決定を延期するよう他国首相に働きかけていたが失敗に終わった。
ポーランドに賛同する声が広がらなかったことから、同国がEU内だけでなく東欧内でも孤立している様子が示された。
カチンスキ党首は、EUはドイツにより動かされており、各国の利益が無視されていると批判した。(後略)【3月10日 ロイター】
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ポーランドのワシチコフスキ外相は、トゥスクEU大統領再選について「(EUは)ドイツの絶対的命令下にある」と述べ、大国主導の決定だと反発、「欧州諸国の関係がこれで非常に危険になる」とも批判しています。【3月10日 時事より】
カチンスキ党首とトゥスクEU大統領の間には、単なる政治的な対立を超えた“怨念”のようなものもあるように見えます。
2010年にロシアに向かうカチンスキ大統領(カチンスキ党首の双子の弟)夫妻が乗った政府専用機が墜落した事故(大統領ら乗員96名が死亡)当時、トゥスクEU大統領はポーランド首相でした。
現政府は、この事件をめぐってトゥスクEU大統領の捜査を要求しています。
****<ポーランド>EU大統領の捜査を要請****
ポーランド国防省は21日、2010年に当時のカチンスキ大統領夫妻ら96人が死亡した政府専用機の墜落事故を巡り「政府の調査を妨害した」として、当時首相だった欧州連合(EU)のトゥスク欧州理事会常任議長(EU大統領)に対する捜査を検察に要請した。検察は30日以内に捜査するかどうか判断する。地元メディアが伝えた。
事故はロシア西部で発生。ポーランド、ロシア両国の調査委員会は既に乗務員の操縦ミスや訓練不足が原因とする報告書をまとめている。
だが、カチンスキ元大統領の双子の兄で政権与党「法と正義」党首のヤロスワフ・カチンスキ氏は、ロシアが大統領を「暗殺」した可能性を主張。ロシアが事故機の残骸をポーランドに返還していないことから、政府はトゥスク氏がロシアに譲歩し、調査を妨害したとしている。
ポーランドは9日のEU首脳会議でも、トゥスク氏のEU大統領再任に加盟国で唯一反対した。トゥスク氏は野党「市民プラットフォーム」の実力者でもあり、対立が深まっている。【3月23日 毎日】
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カチンスキ大統領は、第二次大戦中にポーランド軍将校ら2万人以上が旧ソ連に虐殺されたロシア西部の「カチンの森」事件から70年を迎えるのに合わせ、ポーランド側が主催する追悼式に出席する予定でした。
ロシアと対立を続けていたカチンスキ大統領・「法と正義」ですが、当時の首相であるトゥスク氏はロシア・プーチン首相(当時)の招きで現地を訪れ、両国首脳がそろって追悼行事(上記のポーランド側が主催する追悼式とは別物)に臨むことになりました。
“ポーランドは99年、北大西洋条約機構(NATO)に加盟。05年に反露派のカチンスキ大統領が就任し、ロシアとの緊張が続いてきた。だが07年に首相に就任し、今秋の次期大統領選出馬が見込まれるトゥスク首相は対露関係改善に動いており、ロシアは今回、あえて大統領でなくトゥスク首相を招いたとの見方が強い。”【2010年4月7日 毎日】
事故あるいは事件は、こうしたポーランド国内のカチンスキ兄弟・「法と正義」とトゥスク氏・「市民プラットフォーム」の対立、ロシアと対立する前者、関係改善に動く後者という、きわめて微妙な政治情勢の中で起きました。
ロシア捜査当局は事故当時、ポーランド政府機が悪天候の中で着陸を強行したことに伴う操縦ミスが原因との見方を示していました。
亡くなったカチンスキ大統領は08年8月、搭乗機の別のパイロットが「安全上の理由」から、当時ロシア軍の侵攻を受けていたグルジアへの着陸を拒否したことに激高。パイロットの行為を「不服従」とみて、空軍のポストをはく奪しようとした・・・というようなこともあって、こうしたカチンスキ大統領の頑なでキレやすい“性格”(今もそういう性格の政治家は多いようですが)を背景とした無理な着陸強行が事故を招いたのでは・・・とも言われていました。
亡くなった大統領の双子の兄カチンスキ党首は、こうした見方に納得していません。
【現政権が主張するポーランド政府専用機墜落の爆発説】
事件からすでに7年が経過した今、政権を奪取した「法と正義」が主導するポーランドの調査委員会は、事故機が空中で爆発した可能性が高い(ということは、ロシアによって、あるいはロシアと当時のトゥスク政権の共同行為によって爆殺されたことを意味します)との結論を発表しています。
****ロシアで墜落したポーランド政府機、爆弾で空中分解か 新調査****
2010年にロシア西部で起きたポーランド政府専用機墜落で、ポーランドの調査委員会は10日、パイロットと地上管制官の交信の分析に基づき、機体が爆発によって空中分解した可能性が高いとの結論に達したと発表した。
レフ・カチンスキ大統領ら96人が死亡したこの墜落は、両国の調査では人為的ミスと悪天候が原因とされていたが、かねてポーランドの政党から疑義が呈されていた。
メディアに公開された説明動画によると、調査委は墜落した政府機について「爆発が起きた可能性がかなり高い」とみている。
爆発原因に関しては、調査委が実施した実験から「高温と高圧衝撃波を出すサーモバリック(熱圧)爆弾の可能性が最も高い」と判断している。
ロシア西部スモレンスクで発生し、政府高官ら乗客と乗員の全員が死亡したこの墜落をめぐっては、カチンスキ大統領の双子の兄ヤロスワフ・カチンスキ元首相が党首を務める与党「法と正義(PiS)」が事故ではなかったと主張してきた。
墜落はポーランドとロシアの陰謀によるものだったとするアントニ・マチェレウィチ国防相は先月、以前の調査で「外交的な国家反逆」に手を染めたとして、当時首相だったドナルド・トゥスク欧州連合(EU)大統領を非難している。
「法と正義」は2015年に政権の座についた後、新たな調査に乗り出した。【4月11日 AFP】
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いささか政治的な臭いもする話ではあります。
ポーランドの政府系調査機関は2月、ワレサ元大統領が共産主義政権時代に秘密警察の協力者だったことを裏付ける新証拠が見つかったとも発表しています。
当時の政治情勢を考えれば、秘密警察と何らかのつながりあっても不思議ではないようにも思えますが、何かと政治的“陰謀”が絶えないお国柄のようです。
【ダイナミックなヒトの移動でもあって活況を呈するポーランド経済】
話を今に戻すと、先述のようにポーランドはEU結束にとって“厄介”な存在ともなっています。
ポーランドのシドゥウォ首相はイギリスが離脱した後のEUの将来像を巡る「ローマ宣言」について、ポーランドが重要と考える項目に言及していなければ採択しない可能性があるとの見解を明らかにしています。【3月23日 ロイターより】
一方で、ポーランドなど東欧諸国は、西欧への移民やEU域内の自由貿易を通して、EUに加盟することによる最大の利益享受者でもあります。
****EU危機「どこ吹く風」のポーランド****
英国離脱を好機とする「経済優等生」
極右ポピュリズムで大荒れの欧州連合(EU)で、欧州統合の利点を味わっているのが、旧共産圏の中・東欧諸国だ。
中でもポーランドは、白物家電など大衆消費財の生産から、金融サービスまで手掛けて、米金融大手「ゴールドマン・サックス」など世界企業の誘致に相次いで成功し、英国のEU脱退(BREXIT)の最大の受益者になるとの予測まである。
ポーランドを「EU統合の優等生」と呼ぶと、欧州委員会があるブリュッセルでは、眉を顰められる。ベアタ・シドウォ現首相が率いる「法と正義」党政権が一昨年十一月に誕生して以来、強権的・独裁的手法でEUやドイツ、フランスとの関係を悪化させた。(中略)
日本の高度成長期のよう
一方で経済は好調。昨年の国内総生産の伸び率は三・一三%、今年も予測は三・〇%と、トゥスク時代と比べ何ら遜色はない。
牽引車は米国や西欧企業の進出。EU加盟国の利点がフルに生きる。
三月には、米国の白物家電大手「ワールプール」社が、フランスのアミアン工場をほぼ引き払って、ポーランドに「欧州・中東・アフリカ」拠点を置くと発表して、フランスに衝撃を与えた。
フランスは大統領選が佳境の時期とあって、「脱EU」を掲げる極右「国民戦線(FN)」に、「だから言っただろ」と、格好の武器を与えた。
移転先はポーランドのほぼ中央に位置するウッチ市。(中略)
この都市には、ワールプールだけでなくドイツのシーメンス、ボッシュ両社、イタリアのインデシット社などが工場進出し、フランス紙の経済部記者が「今や欧州の『白物家電の首都』と呼ぶべき存在」と紹介するほど、米欧の家電大手を集めている。
日本企業のワルシャワ駐在員は「もともとは繊維の拠点で、今が家電ですから、日本の高度成長期をなぞるように発展している」と言う。(中略)
人気の理由の一つは、ウッチの位置。ポーランドの真ん中にあるばかりか、モスクワとパリのほぼ中間にあり、広域欧州の中心と言える。中国の「一帯一路」構想で、中国と独デュイスブルクを結ぶ鉄道も、ウッチを通過する。
進出企業は取材を拒否しているが、地元メディアの潜入取材によると、工員の賃金は月額五百ユーロ(約六万円)以下で、法定最低賃金を少し超える程度。西欧に比べ三分の一の人件費がポーランドの大きな魅力であるのは間違いない。
人材流出・空洞化にも耐える国民
興味深いのは、成長を支えるのは、国内に取り残された人々であることだ。
ポーランドは〇四年のEU加盟後、医師から大工まで技術を持った成人が、どっと西欧に移住し、英国だけで百万人、ドイツでは七十万人超と、途方もない規模での頭脳・労働力流出が続いた。
それ以前には、米国に向かった。十九世紀から移住が続き、米国に住むポーランド系は約一千万人。(中略)ポーランド人のベテラン政治記者は、「骨があるやつは、みんな出て行った」と言う。
それでもなお、米欧大手の進出に応える余力があったのか。前出の日本企業駐在員は、「空白ができた分は、ウクライナやロシアからの移民で埋めているようだ。進出企業は法定最低賃金ギリギリでも、働き手を集めている」と言う。
内戦で国内経済がマヒ状態のウクライナ、停滞が続くベラルーシなど、旧ソ連の人材を扱う派遣会社、リクルート業界が急成長中だ。
前出ポーランド人記者は、「ソ連支配、『連帯』時代から経済改革、金融危機と、記者人生で何度、『ポーランドはもう終わり』と書いたことか。その都度耐え忍び、我慢する国民性には脱帽だ」と言う。
今後はコストだけでは勝負できなくなる、「中進国のワナ」をどう避けるかがカギとなる。ポーランドが力を注ぐのは、金融サービス業など、事務代行やサービス産業への移行である。旧共産圏時代から、高等教育には熱心だったことが生きて、英語を話し、事務能力の高い人材は常時供給可能だ。
ゴールドマン・サックスはワルシャワに地域統括事務所を置き、三百人を雇用している。仏銀行大手「BNPパリバ」のワルシャワ事務所が七百人など、西欧から移った金融サービス業は全体で三万五千〜四万五千人を雇用するという。
「ロンドンからの帰還組が増えていると聞く。英金融街で武者修行した連中なので、即戦力とされる」と前出の日本企業駐在員は言う。
地元業界団体の予測では、英国のEU離脱後は、ロンドンから最大三万人が移る。フランクフルトやパリを差し置いて、ポーランドが「最大の勝者」になる見込みだ。
ポーランドに引っ張られ、中・東欧各国の経済は好調だ。スロバキアは自動車産業誘致で、早々に「東欧のデトロイト」の異名をとり、今はユーロ圏の一角として「脱デトロイト」で成長を狙っている。
チェコは一人当たりGDPが旧共産圏のEU加盟国の中で最高で、ギリシャやポルトガルを抜く勢い。失業率は三%台で、EU最低である。
ビクトル・オルバン首相の強権体質が嫌われるハンガリーも、最近は二〜三%の成長。この四カ国のGDP合計は、インドネシアやオランダに匹敵する水準である。
三月下旬に、EU創設の起源となった「ローマ条約」調印から六十年を迎え、世界中のマスメディアが「危機の欧州」「アンハッピー・バースデー」の論調であふれた。不満の多さでは、東欧も負けてはいないが、EU加盟の実はちゃっかり取っているのである。【「選択」4月号】
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なんだかんだEUに対して文句はいいつつ、EU加盟による利益はしっかり受けている・・・という話のようです。
記事にもあるように、以前は西欧諸国への人材流出で国内経済・社会が揺らいでいる・・・と言われていましたが、更に東のウクライナ・ベラルーシからの労働力を入れることで持ち直したようです。
イギリスの離脱で、人材が戻ってくるとも。
カネやモノだけでなく、ヒトが動くことで社会・経済はダイナミックに変容し、基本的には所得が平準化する方向に収れんする・・・というモデルケースでしょう。
グローバリズムが各国で格差拡大を起こしているというのは、こうしたダイナミックな変動を妨げるものがあるからでしょう。その大きな阻害要因のひとつは、おそらく社会におけるヒトの職業間の移動でしょう。
もちろん、そのことへの対応はケースバイケースです。
ヒトは簡単には動けないのだから、ヒトに合わせた経済システムにすべきだと考えるか、ヒトの流動化を可能にする方策を考えるか・・・。