
(日本が援助しているサウジ日本自動車技術高等研修所の授業風景【2010年6月1日 中東マガジン】)
【サウジ人化(Saudization)】
外国人労働者の増加に伴い、雇用をめぐる自国民との競合が発生し、移民・外国人労働者へ批判的な世論の高まり、外国人労働者を排除するような施策などが見られる・・・という話は、欧州の事例などをしばしば取り上げてきました。
サウジアラビアでも似たような状況が報じられています。
ただ、国民の約3分の1が外国人というように外国人労働者に依存した社会構造、石油による「金持ち国」サウジアラビアにはびこる勤労精神の欠如といった、サウジアラビアならではの深刻な問題が存在しています。
****サウジアラビア:不法就労摘発で治安部隊と衝突、2人死亡****
世界最大の産油国、サウジアラビアが今月4日に外国人の不法滞在・労働者の一斉摘発に着手。摘発に抗議する不法労働者が治安部隊と衝突し、死者が出る事態となっている。
アラブ紙アッシャルク・アルアウサト(電子版)によると、首都リヤドやイスラム教の聖地メッカなどで1万6000人以上が逮捕された。
またロイター通信によると、リヤドでは9日以降、不法労働者と治安部隊の衝突で2人が死亡、68人が負傷した。
サウジでは人口増に伴って失業問題が深刻化しており、今回の摘発はサウジ人の雇用を増やす目的もある。
ただ不法労働者の多くは、サウジ人が敬遠する建設業や清掃業、飲食業に従事しており、失業問題の解決には直結しないとの指摘もある。
不法労働者を雇用していた商店や飲食店が休業に追い込まれるなどの影響が出ているという。摘発者が多かった南部ジザン県では4日以降、商店の約6割、飲食店の約4割が休業したとの報道もある。
アッシャルク・アルアウサトによると、不法滞在者や、滞在許可証に記載された勤務先や職業が実態に合わない不法労働者が取り締まりの対象になる。逮捕者は、2年以下の禁錮刑や10万リヤル(約260万円)以下の罰金刑を科せられる可能性がある。
政府は今年3月に取り締まりを強化。だが商店が閉鎖に追い込まれるなど混乱が起きたため、7カ月の猶予期間を設けた。中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると、猶予期間中に約700万人が滞在許可証を訂正し、不法移民ら約100万人が出国したという。
2010年の政府統計によると、サウジの総人口約3000万人のうち約950万人を外国人が占める。東南アジアや西南アジア、イエメン、アフリカなどから、出稼ぎ労働者や不法移民が集まっている。【11月12日 毎日】
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世界有数の「金持ち国」サウジアラビアの失業問題というのは不思議な感もありますが、近年、特に増大する若者層における失業が社会問題となっており、政府は外国人労働者を締め出し、かわりに自国若者をこれにあてるというサウジ人化(Saudization)政策を行っています。
この問題については、HP「中東経済を解剖する」に前田高行氏が詳しく論じています。
****警鐘が鳴り始めた失業問題 ****
卒業シーズンの7月になるとサウジアラビアの新聞では雇用問題が紙面をにぎわす。
急増する新卒者に対する社会の門は狭く、彼らの父親或いは先輩達が謳歌した完全雇用の時代は過去のものとなり、深刻な就職難の状況にある。公共部門は余剰人員を抱えた状態であり、政府は民間部門にサウジ人新卒者の採用を促している。
しかし低賃金で首切りが容易な外国人労働力に依存している民間企業は政府の政策に対し拒否反応を示している。
このためサウジ政府は、企業がサウジ人の雇用比率を高めることを義務付けた「5%ルール」や、一定の職種については外国人の就業を禁じるなどのいわゆるサウジ人化(Saudization)政策を強行している。
今後ますます増加するであろう若年失業者を放置すれば、これが深刻な社会問題となり、政治・経済体制を脅かしかねず、政府はその対策に追われている。
一方、個人レベルでは就職先を選り好みできなくなり、下級の職業や単純肉体労働を蔑視してきた従来の職業倫理観を変革する必要が生じてきた。
急増する新卒者
企画省の1999年調査によればサウジアラビアの総人口は1,990万人、内訳はサウジ人1,490万人、外国人500万人である。特筆すべきはサウジ人の年齢別構成であり19歳以下が全体の57%を占めている。 即ち5人中3人は未成年者なのである。
政府が策定した第7次五カ年計画(2000−2005年)は、1999年に15万4千人であった高等教育の卒業者数が2004年には27万3千人に増加し、またこれにより新たに労働市場に流入するサウジ人は81万7千人に達すると予測している。
そしてこの大量の労働力の吸収策としては、外国人労働力の置き換え(いわゆるSaudization)で48万9千人、新規雇用としては公共部門で1万7千人、民間部門で31万1千人を見込んでいる。
この数字からサウジ政府の新卒者雇用対策に関する明確な姿勢が読み取れる。
即ち、(1)多数の外国人労働者を解雇しサウジ人化(Saudization)を図ること、(2)公共部門で吸収できる労働力は限られていること、及び(3)民間部門の拡大による雇用創出に期待していること、の3点である。
既に公共部門ではサウジ人化がほぼ100%完了していることを考慮すると、政府がサウジ人化及び雇用創出の両面で民間部門に期待していることは明らかである。逆に見れば民間部門にとっては失業問題の解決を政府から押し付けられている、とも言えよう。
失業問題が表面化
オイル・ブームに沸き人口も少なかった頃はサウジアラビアに失業問題は無かった。大方のサウジ人は拡大する行政機構の公務員として楽な仕事と高給を得て、本人も家族も幸福な時代を送っていた。
ところが行政とインフラの整備が一段落した90年代後半に原油価格の暴落により財政が悪化し、急膨張する人口がこれを更に助長した。アブダッラー皇太子が国民に対し「良き時代は終わった。もう政府に頼らないでほしい」と呼びかけたのはそのような頃であった。最近に至り国民一般も漸く事態の深刻さを認識し始めたようである。
この国では公式の失業統計は存在しないが、最近では外部調査機関が失業率を頻繁に公表している。例えばリヤドの米国大使館は、サウジ人男性の失業率は14〜20%と推定しており、またサウジ・アメリカ銀行のエコノミストは、昨年末の失業者数50万人、失業率15%と発表している。サウジの失業率を15%前後と見ることは衆目が一致しているようである。
(注)上記の失業率はあくまで男性についてであり、女性の社会進出が極端に遅れているこの国では、女性の就職難は表面化していないもう一つの失業問題である。しかしながら情報が余りにも少ないためここでは問題の指摘だけに止めておく。
Saudization政策を強行するサウジ政府
サウジアラビアには約5百万人の外国人が居住しているが、そのうち20-59歳の男性が半数の260万人を占めている。同年代のサウジ人男性はほぼ同数の270万人である。即ち男性労働人口の二人に一人が外国人なのである。従って外国人労働力をサウジ人に置き換えることができれば、失業問題は容易に解決できそうに見える。
だが問題はそれほど簡単ではない。上述のごとく公共部門はサウジ人化の余地が乏しく、民間部門のSaudizationが残された道である。
しかしながら民間部門はこれまでずっと安価で勤勉な外国人労働力に依存しており、賃金が高く、また労働生産性が低い自国民を同業他社に先んじて雇用すれば、競争力が低下することは明らかであり、企業経営者にとってはSaudization政策は死活問題である。
そこで政府は民間部門のSaudizationを一律且つ強制的に推進する政策をとり始めた。その一つが1996年10月に施行された勅令であり、従業員20人以上の企業に毎年5%づつサウジ人の比率を増やすことを義務付けたいわゆる「5%ルール」である。
このルールに従えば本年10月にはサウジ人従業員の割合は35%となるはずだが、明確な罰則規定が無いためこのルールは殆ど実現していない。
業を煮やした政府は、次の手段として特定の職業をサウジ人だけのものとする政策を連発している。
この政策によれば、現在該当する職業に就いている外国人は就労ビザの有効期限切れと共に帰国させられ、雇用主は後釜にサウジ人を採用することを義務付けられるのである。
ホテルのフロント係から始まったこの政策は、その後食料品店、貴金属店の店員へと広がり、最近新たに自動車セールスマン、広報マン等22の職種が追加された。このあおりを受けて閉店に追い込まれる零細企業も少なくないようである。
個人の意識改革も必要
労働力のサウジ人化(Saudization)が進まない理由は、職業に対するサウジ人の倫理観にも原因がある。豊かな時代に育った彼らにとって憧れの仕事は、エアコンの効いた事務所で机の前に座り用件を電話で済ませるホワイトカラーの仕事である。彼らはこれを”Desk & Telephone Job”と呼んでいる。
彼らの中には単純肉体労働や屋外作業は出稼ぎの外国人が担う卑しい仕事と蔑視している者が多い。最近リヤドで行なわれた調査によれば、建設業ではサウジ人の比率はわずかに3.3%に過ぎず、製造業やサービス業も同じような傾向を示している。
今や就職難は日常化しており、職業の選り好みができる状況ではない。彼ら自身が職業に対する貴賎感覚を変える必要があると感じているものの、豊かな子供時代に培われた職業観を自己改革することは簡単ではなさそうだ。
若者の間に現状に対する不満と閉塞感が蔓延しつつあり、政府の青少年対策も難しい舵取りを迫られている。 酷暑の7月は新卒者にとっても政府にとっても憂鬱で息苦しいシーズンのようである。【HP「中東経済を解剖する」 前田高行氏 http://www2.pf-x.net/~informant/saudi/saudization1.htm】
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冒頭の外国人不法就労者摘発の強化は、サウジ人化(Saudization)の一環として実施されています。
【“Desk & Telephone Job”】
問題の背景にある若者の勤労意欲のなさについては、以下の報告にも見て取れます。
****サウジアラビア 難航する失業対策****
・・・・政府から割り当てられた、サウジアラビア人の雇用割合を達成しているのは、半分以下に留まっています。
ペンキを製造するこの企業は、工場で働く人材を募集したものの、若者からは敬遠されています。
工場内で働く従業員はこれまで、バングラデシュ人など外国人だけでした。
政府の政策により、去年、12人のサウジアラビア人の若者を雇い入れましたが、熟練の外国人労働者の2倍の給与を支払うことを余儀なくされました。それでもサウジアラビアの若者達は、仕事がきついとして、3分の2は辞めてしまったのです。
(中略)
長年、安い外国人労働力に依存してきたため、若者には、楽な仕事しかしたくないという意識が染みついています。親のスネをかじる若者の、将来に対する危機感は希薄でして、“政府は失業給付金の給付対象をもっと広げ、金額ももっと上げるべきだ”とか、“政府は国家公務員の定員を増やすべきだ”などと、甘えと取れる、政府批判の声が多いのが実情です」(後略)【2012年5月22日 NHKonline】
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2011年3月には、アラブ各国で反政府デモ「アラブの春」が広がる中、サウジアラビアでも少数派シーア派を中心とした反政府行動が行われ、治安当局との衝突などが報じられていました。
このとき、少数派シーア派住民だけでなく、政府に不満を抱く若者層の抗議活動も見られました。
“これを受けて、海外で病気療養中だったアブドラ国王が急きょ帰国。日本円で月額4万円あまりの給付金を、失業中の若者80万人に支給するなどの緊急対策で若者の不満を抑え、政情の安定化を図ったのです。”【同上】
若者の不満は、国内だけでなく、過激な宗教・テロ活動への参加という問題にもつながります。
今後については、留学生の帰国問題も指摘されています。
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少数派のシーア派の人たちが暮らす地区では、アラブの春とともに、反政府デモが頻発しています。これは、シーア派の人たちが事実上の2級市民として抑圧されているということに加えて、深刻な失業問題も背景にあります。
さらに留学生の帰国問題も大きな不安材料です。政府が6年前に設置した奨学金で、欧米などに留学している若者、15万人が、これからの数年間でサウジアラビアにぞくぞくと帰ってくることになっています。
欧米で民主的な権利意識を身につけたインテリ層が大量に失業した場合、反体制の声が強まることは十分予想されます。
若者人口の急増は止まらない中、政府のオイルマネーによるばらまき政策にも限界がありまして、若者の失業問題、まさにサウジの時限爆弾と言えます。
ひとたび、サウジアラビアが混乱に陥れば、ほかのアラブ諸国とは比べものにならないほど、日本経済に深刻な影響を与えることは避けられません。それだけに、サウジの安定を左右する失業問題の動向は、注視していく必要があります【同上】
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【ナウルに見る資源依存経済の結末】
豊かな資源に頼った経済の結果、国民の勤労意識が消失し、資源が枯渇したにもかかわらず国づくりができない・・・という先例が、リン鉱石が枯渇したナウルに見られます。
****ナウル【ウィキペディア】****
繁栄
かつては漁業と農業で生計を立てるというミクロネシアの伝統的な生活スタイルであり、貧しいながらも貧富の差もなく温和な生活を送っていた。
しかし20世紀初頭から開始した鉱石の輸出によってオーストラリアとニュージーランドを除くオセアニア諸国のなかではもっとも経済的に繁栄し、特に1960年代後半から本格的なリン鉱石の輸出によってもたらされた莫大な収入でレンティア国家となり、国民の生活や文化を大きく変化させた。
最盛期の1980年代中頃には世界で最も高い国民所得を誇っており、国民は完全な無税、医療や教育も無料である他、莫大な収入を財源に全年齢層に年金が支給されていた。
当時は、ほぼすべての食料品と工業製品の調達はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働者も中国や近隣のミクロネシア諸国から来た出稼ぎ外国人に依存しており、貿易依存度は輸出、輸入とも110%という値だった。
また一本しかない島の道路には採掘権で富を得た者が持ち込んだフェラーリやベンツなどの高級車が走っており、食事も労働者相手に店を出した中国人のレストランで三食済ますといった生活だった。
このような単一の資源産業に依存し、大半の国民は働く必要がない状態が長期間続いたことは、後に問題を深刻化させることになった。
高い失業率
1990年代後半からリン鉱石採掘の衰退による経済崩壊と財政破綻により、電力不足や燃料不足、飲料水不足が深刻化し、以降は諸外国からの援助が主要な外貨獲得源となっている。
2007年に日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』が「地球の歩き方」のナウル版を制作する企画で取材班が訪れたが、その際には日中の街中を無為にうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた。
これは1世紀近くにわたりの働かずに収入を得ていたため、ほとんどの国民が勤労意欲以前に労働そのものを知らないためである。
取材班が訪れた当時は、政府が小学校の高学年で働き方を教える授業を行い、将来の国を担う子供たちの労働意欲を与えようという対策がなされていた。
しかし、鉱業だけに頼る産業構造だったため一定規模の民間企業が存在しないこと、インフラ整備が後回しにされていること、国民の勤労意欲が極端に低いなど悪条件が重なっているため、現地での起業も外国企業の誘致も進んでいない。
また子供の頃から働いたことのない成人に関しては何の対策も施せない状況が続いており、平日の昼間にうろついていた成人男性らに「なにをやっているのか」と前述の取材班が質問すると「何にもしていない」「魚釣り」「暇だからバイクで島を一周していた」など危機感のない返答をしていた。
上記の通り、ナウルでは歴史上、国民が「自給自足で暮らす生活」・「つらい労働を強いられる生活」・「遊んで暮らす生活」しか経験したことがなかったため、「働いて給料をもらい、その金で生活をする」という概念が無いのがそもそもの原因である。
2011年の統計によると、島内の失業率は90%に達しているとされる。
経済的奇策
1989年にリン鉱石の採掘量がはじめて減少し、21世紀に入ってリン鉱石がほぼ枯渇すると、政治的、経済的な奇策に走った。
海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼすべての規制を廃したが、マネーロンダリングの抜け穴になることを理由としてアメリカ合衆国から批判を浴び、頓挫した。
対テロ戦争以降はアフガニスタンからオーストラリアに向かう難民を、外国政府による経済的支援の見返りに受け入れており、2005年時点ではイラク難民の比率が高かった。
裕福だった時代から、グアムやサイパン、ハワイやオーストラリアなどの国外のリゾート地に、土地やホテル、マンションを所有している。平時には現地の企業等に貸しているが、これらの物件を所有する第一の目的は、非常時にナウル国民を避難させるためであった。しかし経済の行き詰まりから資産の整理売却が進んでいる。
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サウジアラビアの石油は当分大丈夫なようですが、エネルギー事情の変化次第では、その価格は大きく変動し、国家財政にも大きく影響します。
もっとも“Desk & Telephone Job”にこだわる若者、労働需給のミスマッチという問題は、サウジアラビアだけでなく、日本などでも広く見られる問題でもあります。